翌朝、約束通りアントニーさんに残りのアルテミシアをすべて渡した。
驚いたことに、対価として五万ガルもの大金を受け取った。これでも安いくらいだ、と言われたので、ありがたく頂くことにした。
ティガと合流する前に露店通りを歩いていると、ララが装飾屋の店先で綺麗な蝶の形をした髪飾りを見つけ、目を輝かせていた。値段は三千ガル。少し奮発して買ってあげようと思い、声をかけた。
「これ下さ——」
「だ、大丈夫です大将、要らないです! ちょっと素敵だなぁと思っただけ……です」
(めちゃくちゃ無理してる! 遠慮してくれるのはありがたいけど、こういうときにサッと買ってあげられるくらいの甲斐性を見せたいんだよ、俺だって)
「きっとララに似合うよ! さっきアントニーさんからお駄賃もらったし、買ってあげる」
「い、いいのですか?」
「あぁ。今日もいろいろ手伝ってくれるだろ? だから、そのお礼も兼ねてな」
「ありがとうです! すごく嬉しいです!」
購入した髪飾りを、店主がその場でララの髪に付けてくれた。ララはとても満足そうに頬を緩ませている。こんなに喜んでもらえるなら、三千ガルなんて安いものだ。
その様子がよほど店主の気分を良くしたのか、黄色い星型の髪留めをオマケでつけてくれた。オマケって、何をもらっても嬉しいよな。俺もちょっと得した気分だ。
ティガと合流するため、西の森へと向かう。
今日もララに手を引かれ、例によって超加速で走る羽目になった。
ララのスキルは『駿足』というらしい。めちゃくちゃ速く走れるスキルなんだってさ……うん、知ってた。
「おーい、旦那と姐さーん!」
ティガの大声が響く。周囲を見回すと、少し離れた茂みの中で手を振る姿が見えた。
俺はというと、相変わらずララのスピードについていけず、気持ち悪くなっていた。
「グェ〜、じんどーい。吐ぎぞう……」
「大将、もう少し体力つけないとです!」
(グへェェェ〜‼)
ララから、
「もー、大将ったら大袈裟ですよ! ほら立ってくださいです」
「うん……ほんと、そこは努力します……」
ティガが俺たちのやり取りを見て『あれ? 仲間に入っちゃったけど、こいつらで本当に大丈夫なのか……』とでも言いたげに、眉をひそめながら一歩後ずさった気がする。
でも、そのときの俺は、爆速酔い中で視力が悪かったんだ。うん、何も見てない、見えてない……。
「あ、あぁ~、旦那! それで今日はどうするっす?」
「そ、そだね〜。今日はねぇ〜、えぇっと……なんだっけ?」
「コボルト達を討伐するです!」
「な、何ですって姐さん⁉」
(ちがーう! 違うよ、ララさん! 討伐なんてしないよ、物騒な! ララの言葉の選択、いつも攻撃力高めなんだよなぁ……)
「大将、討伐依頼を受けたじゃないですか?」
「形式的にはそうだけど、俺は話し合いがしたいんだ。ララも平和的に解決したいって言ってたじゃんか……。ティガ、コボルトは好きで人間を襲うわけじゃないんだったね?」
「そうっす。向こうが襲ってくるから、仕方なく応戦してるだけっす」
「おそらく、普通の人間には魔物と魔獣の見分けというか、区別ができないんじゃないかな。見た目がそっくりな魔物と魔獣もいるだろうし、どちらも襲ってくることがあるから、余計に混同されるんだろうな」
「言われてみれば、ララにはどっちがどっちか分からないです」
「だろ? 俺たちはティガと会話ができる。他の人にはできないから、魔物だと判断して無条件に戦おうとするんじゃないかって思ってさ」
「たしかに、旦那の言う通りっすね。おいらも、もし他の人間と話せたら、争わなくて済むこともあるかもしれねぇっす」
「うん。そのためにも、まず俺たちがコボルトたちのことを知る必要がある。ティガ、君の集落……いや、元集落に連れて行ってくれないか?」
「旦那……。あえて“元”って付け直さなくでくださいっす。追い出されたとはいえ、それなりに傷ついてるんで……」」
「あぁ、ごめん! 軽率だったよ。申し訳ない」
「いやいや、頭を上げてくれっす。こっちこそすみません、つまらんこと言ってしまったっすね」
コボルトの集落は、西の森の奥深くにあるらしい。その一帯だけ草木が生えておらず、開けた場所に土で造られた家々が並んでいるそうだ。
……まだここから奥へ行くのか。
辺りはしんと静まり返り、木々の間を吹き抜ける風がかすかに枝を揺らしている。
ときおり、どこからともなく動物の鳴き声が響き、不気味な気配が漂っていた。
俺の直感が告げていた——『魔物に遭遇しちゃいそうだ』と。