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第53話 Aの実力

 それぞれの班が、三方向へと散り散りに進み始める。

 道中は、テソーロからの道程とは打って変わり、狼や熊が姿を現し、襲いかかってくる場面もあった。


 彼らの声が分かる俺は、みなに「殺生はしないように」とお願いした。

 理由は単純だ。彼らも、俺たちを恐れているだけだったからだ。

 生き延びるために、相手を倒さねばならない。それが、自然界の掟……野生の流儀というやつだな。


 特に、熊には生まれたばかりの小熊がいるらしく、親熊はその子を守ろうとして必死に襲いかかってきた。

 人間と同じだ。子を守るためなら、親は命を懸けて戦う。それは、生まれ持った性——この世に命を得た者すべてに通じる本能なのだと思う。あの熊は、まさに親の鏡だな。



 目的地まで、あと半分というところで、空を飛ぶヴェルディが上空から合図を送ってきた。

『北西の方角、魔物と交戦中! 魔物は……でっかい鹿が四頭だ!』


 北西——それは、エスピアさんの班の進行方向だ。鹿って、もしかして……ブラックホーンディアか⁉

「ヴェルディ、戦況は分かるか?」


『一頭は撃破済み! でも残り三頭に囲まれてる。人間二人、負傷してる!』

「マズいな……。援護に向かうぞ!」

 北西へ足を向けかけたそのとき——


『ガストン! ……その必要はなさそうだ……』

 ヴェルディの声に、俺の足が止まる。まさか……。

『……鹿の頭が、急にチョン切れた。何が起こった?』


 全滅したのは、どうやら魔物の方だったらしい。

 最悪の事態が脳裏をよぎっていた俺は、安堵の息を漏らす。

 それにしても、急に魔物の首が落ちるなんて……。


「おそらく、エスピアたちの仕業だ。あいつらは、糸を使った罠を仕掛けることが得意らしい。それでプツンとやったんだろう。それに、ブラックホーンディアは、最近よく現れていた魔物だ。行動パターンも把握してたんだろう」


 なるほど、さすがエスピアさん! かつて俺が口から出まかせで「情報通」なんて言ったけど、今ではその嘘も真実に変わりつつある。

 一度殺されてしまった過去はあるとはいえ、エスピアさんが仲間に加わってくれて良かったなと、心から思った。



 エスピア班の戦闘から数分後——

 今度は俺たちの前にも、魔物が現れた。

 その魔物は、熊のようだ。先ほど遭遇した熊よりも、かなり大きく感じた。


 フィンが口を開く。

「あれは、ベアファングだな。かなり大きい。その体躯に見合わず、動きは身軽だ。前脚のなぎ払いには注意しろ。風圧だけでもダメージを食らうぞ」


 ふ、風圧だけで⁉ そんな敵を相手に、おれはどうすれば……⁉

 とにかく、まずは距離を取らないと。

 コボルト部隊がベアファングを囲み、周囲の空気がピリッと張り詰める。


 そのとき、ベアファングの足がわずかに動いた。小枝が「ピキッ」と折れる。

 その音を合図に、コボルトたちが一斉に飛びかかった!

『グウォォォォーーー‼』


 森に響く、ベアファングの咆哮——

「……やったか⁉」

 そう思った次の瞬間だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 コボルトたちが、四方八方に吹き飛ばされていく。

 その中心には……何事のなかったように、黒い影が仁王立ちしている。

「む……無傷、だと⁉」


 フィンが大声で指示を飛ばす。

「救護係はコボルトたちの手当てを! 俺とアンガスが奴のヘイトを取る! ガストンさんとアビフ様は後方へ! サラは離れた位置から頭を狙え! 弱点は『目』だ!」


 的確な指示だ。だけど……俺は? 俺は何をすれば⁉

 あたふたしていた俺に、フィンが目を向けて言った。

「リーダー君、その剣……なんだかスゴそうだね! もしできるなら、ベアファングの脚を狙ってくれないか⁉」


「ど、どの脚を?」

「どこでもいいよ! 攻撃力の高い前脚がベストだけど、後ろ脚でも動きを鈍らせることができるだろうからね」


 いや、めっちゃ簡単そうに言う~。『そこの大根、切っといて』くらいの軽さだったよ!

 フィンさんはAランクだけど、俺は二週間前までは、ただの村人Aですよ?


 とはいえ、泣き言ばかり言ってられない。

 俺にも、意地ってもんがある……のか?

 いな! 意地はなくとも、意気地なしとは言われたくない‼

 俺は金光をしっかり握りしめ、ベアファングの動きに備えた——


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