それぞれの班が、三方向へと散り散りに進み始める。
道中は、テソーロからの道程とは打って変わり、狼や熊が姿を現し、襲いかかってくる場面もあった。
彼らの声が分かる俺は、みなに「殺生はしないように」とお願いした。
理由は単純だ。彼らも、俺たちを恐れているだけだったからだ。
生き延びるために、相手を倒さねばならない。それが、自然界の掟……野生の流儀というやつだな。
特に、熊には生まれたばかりの小熊がいるらしく、親熊はその子を守ろうとして必死に襲いかかってきた。
人間と同じだ。子を守るためなら、親は命を懸けて戦う。それは、生まれ持った性——この世に命を得た者すべてに通じる本能なのだと思う。あの熊は、まさに親の鏡だな。
目的地まで、あと半分というところで、空を飛ぶヴェルディが上空から合図を送ってきた。
『北西の方角、魔物と交戦中! 魔物は……でっかい鹿が四頭だ!』
北西——それは、エスピアさんの班の進行方向だ。鹿って、もしかして……ブラックホーンディアか⁉
「ヴェルディ、戦況は分かるか?」
『一頭は撃破済み! でも残り三頭に囲まれてる。人間二人、負傷してる!』
「マズいな……。援護に向かうぞ!」
北西へ足を向けかけたそのとき——
『ガストン! ……その必要はなさそうだ……』
ヴェルディの声に、俺の足が止まる。まさか……。
『……鹿の頭が、急にチョン切れた。何が起こった?』
全滅したのは、どうやら魔物の方だったらしい。
最悪の事態が脳裏をよぎっていた俺は、安堵の息を漏らす。
それにしても、急に魔物の首が落ちるなんて……。
「おそらく、エスピアたちの仕業だ。あいつらは、糸を使った罠を仕掛けることが得意らしい。それでプツンとやったんだろう。それに、ブラックホーンディアは、最近よく現れていた魔物だ。行動パターンも把握してたんだろう」
なるほど、さすがエスピアさん! かつて俺が口から出まかせで「情報通」なんて言ったけど、今ではその嘘も真実に変わりつつある。
一度殺されてしまった過去はあるとはいえ、エスピアさんが仲間に加わってくれて良かったなと、心から思った。
エスピア班の戦闘から数分後——
今度は俺たちの前にも、魔物が現れた。
その魔物は、熊のようだ。先ほど遭遇した熊よりも、かなり大きく感じた。
フィンが口を開く。
「あれは、ベアファングだな。かなり大きい。その体躯に見合わず、動きは身軽だ。前脚のなぎ払いには注意しろ。風圧だけでもダメージを食らうぞ」
ふ、風圧だけで⁉ そんな敵を相手に、おれはどうすれば……⁉
とにかく、まずは距離を取らないと。
コボルト部隊がベアファングを囲み、周囲の空気がピリッと張り詰める。
そのとき、ベアファングの足がわずかに動いた。小枝が「ピキッ」と折れる。
その音を合図に、コボルトたちが一斉に飛びかかった!
『グウォォォォーーー‼』
森に響く、ベアファングの咆哮——
「……やったか⁉」
そう思った次の瞬間だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」
コボルトたちが、四方八方に吹き飛ばされていく。
その中心には……何事のなかったように、黒い影が仁王立ちしている。
「む……無傷、だと⁉」
フィンが大声で指示を飛ばす。
「救護係はコボルトたちの手当てを! 俺とアンガスが奴のヘイトを取る! ガストンさんとアビフ様は後方へ! サラは離れた位置から頭を狙え! 弱点は『目』だ!」
的確な指示だ。だけど……俺は? 俺は何をすれば⁉
あたふたしていた俺に、フィンが目を向けて言った。
「リーダー君、その剣……なんだかスゴそうだね! もしできるなら、ベアファングの脚を狙ってくれないか⁉」
「ど、どの脚を?」
「どこでもいいよ! 攻撃力の高い前脚がベストだけど、後ろ脚でも動きを鈍らせることができるだろうからね」
いや、めっちゃ簡単そうに言う~。『そこの大根、切っといて』くらいの軽さだったよ!
フィンさんはAランクだけど、俺は二週間前までは、ただの村人Aですよ?
とはいえ、泣き言ばかり言ってられない。
俺にも、意地ってもんがある……のか?
いな! 意地はなくとも、意気地なしとは言われたくない‼
俺は金光をしっかり握りしめ、ベアファングの動きに備えた——