『北西の方角、魔物と交戦中! 魔物は……でっかい鹿が四頭だ!』
ヴェルディからの、聞き覚えのある報告が入ってきた。
前回同様、ガストンがヴェルディに向かって質問する。
「ヴェルディ、戦況は分かるか?」
『一頭は撃破済み! でも残り三頭に囲まれてる。人間二人、負傷してる!』
「マズいな……。援護に向かうぞ!」
その指示を、俺が止める。
「エスピアさんたちは問題ないです。それより、俺たちもそろそろ臨戦態勢を整えましょう」
俺の意識は、再び現れるであろうベアファングとの再戦に向け集中していた。
あれだけの強敵だ……さっきは何とか勝てたけど、次も勝てる保証はないかもしれない。
「……桃くん? なぜ問題ないと言い切れるんだ? 鹿ってことは、ブラックホーンディアだろう……援護に向かった方がいいんじゃないか?」
——毎度ながらにやってしまっていた。今回は、皆の命がかかっているので、あーだこーだを考える余裕がいつも以上になかった……。
「あ、えーっと……そう! エスピアさんたちは、ブラックホーンディアとの戦闘に慣れてるはずですので、ちょちょいと首チョンパしてくれるはずですから!」
そう言った矢先——
『ガストン、援護は不要だ……鹿の頭が、急にチョン切れた。何が起こった?』
「おぉ、桃くんの言った通りだな! ヴェルディ、報告ありがとう。引き続き頼む!」
……よし! これで、エスピア班は問題なく目的地まで辿り着けるはず。
「なぁ……桃くん?」
「はい?」
「さっきのは、どういう意味だ?」
「さっきの……とは?」
「エスピアたちは問題ないとか、そろそろ臨戦態勢を……とか」
「あっ、あ、あれはですねぇ~、何というか……」
返答に困っていると、フィンが遠くを指差して叫ぶ。
「ベアファングだ! かなり大きいぞ……。奴ら体躯に見合わず、動きは身軽だ。前脚のなぎ払いには注意てくれ。風圧だけでもダメージを食らうぞ」
コボルト部隊が、俊敏な動きでベアファングを包囲していく。
あの時は、ここで一斉攻撃をしかけたが、無傷に終わっている……俺は、勇気を出して大声でコボルトたちに指示を出した。
「みなさん! 奴に打撃は効きません! あいつに向かって一斉に石を投げてください!」
その号令と共に、大小様々な石がベアファングに向かって飛んでいく。
『グォォォォォ!』
よし、次! 次の一手は確か……。
「サラさん! ベアファングの弱点は『目』です! そこを狙ってください!」
的確な指示を出す俺の様子を見て、フィンが唇を吹く。
「ヒュ~ウ♪ すごいじゃん、リーダー君! アンガス、俺たちも行くぜっ!」
「おう!」
サラが、指示通り弓矢で目を貫く。
ベアファングが怯んだ隙を突き、後方からガストンとアビフが打撃を喰らわそうと間合いを詰める。
「お二人とも、背中への攻撃もダメです! 前脚での反撃が来るので、それを防いでください!」
「よっしゃー!」
「とぉりゃー!」
『ングアァァァ‼』
アンガスさんに助けられるまでもなく、俺はあの攻撃を回避することに成功した。
「よし、今だっ!」
みなが作ってくれた好機に、俺は全速力で駆け出し、ベアファングの足元を狙う——
(バシュッ!)
「ナイスだ、リーダー君! これでも喰らいやがれっ‼」
『ヴオオォォォ……』
俺たちは、誰一人血を流すことなく、ベアファングとの再戦に勝利した。
ホッと息をついたそのとき——俺の手が、柔らかな感触に包まれた。
「すごいね、桃ちゃん!」
「(も、桃……ちゃん⁉)」
「さっすが、ギルマスにリーダー任されるだけあるよ! なんで、こんなヒョロい男の子がリーダー? って思ってたけど、見直したよ~」
その柔らかな感触は、サラさんの手だった。手を握られているだけでも嬉しいのに、めっちゃ褒めてくれている……最高かよっ!
今回は、ララがいないことも分かっているので、俺は存分にデレデレさせてもらうことにした。
だが、しかし——
「……おい、桃太郎君。さっさとその手を離せ」
なぜかアンガスさんが、不機嫌そうに注意してきた。
「あ、ご、ごめんなさい。サラさんも、すみません」
「なぁに、アンガス? あなたも褒めて欲しいの~? でも、今回は何もしてないじゃないのさ。頑張ったら、褒めてあ・げ・る!」
え? えっ? お二人は……一体どういうご関係で……⁉
その疑問を見透かしたように、フィンが笑いながら耳打ちしてくる。
「俺たちは、隣町のレガード村出身の幼なじみなんだ。アンガスは、ずっと昔っからサラにご執心なんだよ。サラはそれを知った上で、あいつをからかい続けてんだよ」
あらまぁ、そういうことですか!
でも、あんな美人の手のひらで、何年もコロコロ転がされ続けるなんて……ちょっと羨ましいかも——ムフフフフ。
俺の未知の性癖が開花しかけたところで、ティガがベアファングの魔含を持ってきてくれた。
「旦那、これいるっすか?」
「あぁ、ありがと。ちょっと行きたい場所があるから、しばらく待っててくれる?」
「わかったっす。みんなに伝えてくるっす」
魔含を手に、俺は再び、あの熊の親子の元へと向かった。