アレトは息を呑んだ。月明かりに照らし出されたその姿は、人間のようでありながら、まるで獣のようだった。
青黒い髪が薄い光を受けて揺れ、彼の体の動きに合わせて跳ねている。その少年は四足で地面を駆け、獣のように低く身を伏せたかと思えば、鋭い動きでモンスターに飛びかかっていった。その動きには迷いも恐れもなく、ただ敵を仕留めることだけに集中しているのが伝わってきた。
「な、何だあいつ……!」アレトは息を詰めながらその光景に見入る。
少年の牙――いや、口元がモンスターの肉に食い込むのがはっきりと見えた。彼は素手で殴るのでも武器を使うのでもなく、噛みついて敵を倒していた。まるで本物の狼が狩りをするかのように。
その体にまとっているのは服というより、汚れきった布切れのようなものだった。擦り切れた布地が風に揺れ、ところどころ血や泥で黒ずんでいる。
だが、その目――月明かりに反射する瞳だけは、諦めていなかった。
しかしその少年の足にスライムが絡みつき、大アリが少年の肩に噛み付いた。
「グハッ……この野郎! 」威勢は良いものの身動きが取れず固まっている
「さっさと放せーー! 」
アレトはさっきよりも力をこめてその噛み付いている大アリに向かって少し大きめの風の玉を飛ばし、さらに追加でもう一つ飛ばした
--グギョォ
その大アリに二発が当たり、少年の肩から顎を外し吹っ飛んだ。
「オ゛ォラ! 」
少年はその一瞬を見逃さずに足に絡みついたスライムを振り払う
「大丈夫か!」
アレトはモンスターの攻撃をかわしながら少年の元に駆けつけた
「あぁん!?テメェ誰だよ! 」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
相変わらず少年は獣のように両手をつき座ってはいるが、二人は背を合わせ囲んでいるモンスター達に睨みを効かせる。
「ッツ、あいつ思ったより噛んでやがる。おいテメェ、来たのは良いが強いんだろうな!?」
「全然ッ!!正直やばい! 」
「なに!…ふざけてるのか!? 」
「ううぉー! 」
アレトに狼が飛び掛かってきたが手に風の玉を作り出し、今度はしっかりと相手の動きを見てから直接風の玉を当てた。
--ガシュ!!
少年の元にも大アリが飛び掛かってきたが、すかさず大アリの首元を食いちぎった。
「なんだ!?あのでかいスライム! 」
「関係ねぇ!ぶっ倒す! 」
その大きな半透明の緑色をしたスライムはアレトを押し潰すようにに飛び掛かってきた!
「うおぉぉぉぉーーー!!」
反射で風の玉をぶつける、ぶつかったそのスライムは弾け飛び4体に分裂し再びアレトに近づいてくる
「ゴラァ! 」
獣のような少年はそのスライムたちを次々と噛みちぎりながら駆け抜けていく
「ありがとう!」
「助けに来たなら足を引っ張るんじゃねぇ! 」
その後も何度かモンスターが飛び掛かってくるもなんとか、奇跡的に新たな怪我を出さずに持ち堪えていた。
「はぁ…はぁ…やばいかも」
「テメェ弱音吐いてんじゃねえ! 」
「あそこのスライム2匹を倒してテントの方へ行こう! 」
「あ?…それは出来ねぇ!クッ」
少年の首元の出血がさっきよりひどくなってきている。
「その傷で動けないのか!?なら俺が」
「違う! 」
少年は歯を食いしばり下を向いてしまう
「ならなんで」
アレトがその少年に目を向けた瞬間、周りのモンスターたちが二人に向けて動き出した。
「<
突如、二人とモンスターたちとの間に炎が湧き出した。その炎の壁は高くモンスターたちは怯み入ってこれない。
--先生だ。
炎の壁を何事もないように、素通りしてその円の中に先生が入ってきた。
「先生、テントまで運ぼう」
「なかなかの出血ですが、自分で歩いてもらいましょう。もうここからは私がついていますので安心してください」
「だから行かねえって! 」
「だからなんでだよ! 」
少年は炎の壁越しに森の方角を見つめる。
「母さんがまだ森の中に!! 」
涙は流さずとも少年が不安で押しつぶされそうなのが伝わってくる。アレトは動揺することもなく先生を真剣な眼差しで見た。
「先生! 」
「ええ、行きますよ!少年くん。」
ゼフィールは森方面への炎の壁を解くと3人に一つの光景が映る。
——森の中から、頭に白い三日月模様のある白い狼に引きずられて、一人の血まみれの女性が出てきていた。
その狼は鋭い目で、こちらと目が合う。その目には野生の凶暴さが
--しかも3体もいた
反射的にアレトは手に風の玉を3つ作り出した
「その人を! 」
「アレトさんいけない、
「二人とも待ってくれ!!! 」
少年はこれまでで一番大きく声を荒げた。その声に二人は少年に目を向ける。
「そいつらは“家族”だ」
「え」
アレトの風の玉は自然消滅していった
3匹の狼はその血まみれの女性を引き連れて、炎の隙間から入ってくる。どうやら気を失っているようだが瀕死ではなさそうだ。
二人は呆気に取られていると少年が一言。
「助けてくれ」
その狼たちは仲間だと認識した二人は優しい笑顔を見せ
「行こう! 」
「行きましょう」
その後は騎士団の功績によりモンスターの討伐を終えた。
--テント中心部に着くと避難している人々がいた、中には負傷している騎士や兵士もいた。夜になってからどのくらいの時間が経ったかはわからない。
少年はさっきとは違い二足歩行をしている。
集まっている人々は各々の負傷よりもアレトたちを無言で見つめていた。いや、3匹の
「みんな、狼のことは大丈夫だから安心して。俺もあんましわかんないけど、みんなを襲うことはないから! 」
村の人々はアレトのこれまでの人柄や性格、信頼の有無を理解している。この子がそう言うのなら大丈夫だと。
騎士や兵士もそんな村の人々、そして何よりゼフィールの安堵している笑顔を見て安心した。
ゼフィールは傷ついたその女性を救護の人へ渡した。
「母さん……」
少年は未だ母さんのことが心配なようだ
「お兄ちゃーーーーん!! 」
「わ、わぁ、なんだ? 」
「なんだ?……じゃないでしょ、とっても心配したんだからね!」
「ご、ごめんって〜」
リーナはアレトに顔を埋めるように抱きついた。
「あたしは怒ってます。おじいちゃんも怒っています」
涙声で話すリーナに、アレトは申し訳のないことをしたと実感し、そしてリーナとじいちゃんが無事であることを喜んだ。
「よしよし、本当にごめんね」そっと優しくリーナの頭を撫でる。
「く、苦しい、ぷはぁ!……ぐすん。……その人と、その狼は?」
「えっと〜」
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたよね。君の名前は? 」
「……ヴォルク」
「ヴォルクって名前なのか、俺はアレト。よろしく…ッ! 」
ヴォルクはアレトの差し出した手を跳ね除け、無言で母親の入った救護テントへと向かっていった。