目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第13話 退路の影

 「フーチさん! とにかく、一緒にここを離れよう! 」


リーナはフーチの尾に手をかけ、その小さな体を引きずり始めた。

 「俺は後ろから――!! 」



………………



 「こんばんは……」

 『!!……』

既に予定していた退路。そこに黒い影が立っていた。
そいつは、異様に低い声で不気味に挨拶をしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 「誰だ、お前……! 」

 「ん〜〜……良くないね。子どもでも、挨拶されたら返すべきじゃないかな」

姿を現したそいつは、全身をタイトな黒装束で覆っていた。
露出しているのは、ただ一対の目だけ。身体のあちこちに見せびらかす様、わざとらしく短剣を忍ばせており、異様な気配を放っている。


アレトは一瞬で危険を察知した。
咄嗟に腕を構え、反射的に属魔を使う。

「<風の玉ウィーバ>!! 」

――シュッ、パン!!

放たれたそれは勢いよく飛び、その男の胸元へ直撃した。


 (よし、時間は稼げる! )

 「リー!!」

 「はっはっは!これはこれは……すごいねぇ! 」

その男は倒れた状態のまま無数に装備している短剣を一本リーナの真後ろにある木に向かって投げた。


 『…………』

リーナの頬から一筋の傷が浮かび上がる。ゆっくりと血が流れ顎から垂れた。



 「なかなかの威力だね〜。普通の兵士程度なら気絶していたかもしれないよ」


男はゆっくりと起き上がる。その動作は不気味なほど余裕に満ちていた。


――グロロロロッ!!

フーチが唸るような威嚇音を響かせ、男との間に立ちふさがる。


 「二人とも! テントに向かって走るんだ!」

 「……小さな龍さん、今回の目当ては君だ。正直、子どもたちはどうでもいい。だから帰りな、テントに……二人とも」

 『!!』

 「早く逃げなさい!!」


 (リーナだけでも……逃がさないと!)

アレトはリーナの手を掴み、森の中へ駆け出した。その一瞬のあいだ、頭の中にはいくつもの思いがよぎる。


(テント……リーナ……先生……騎士団……フーチ……お母さん……!)



――ッ!!



突然、目の前に“奴”の顔が現れた。鼻と鼻が触れそうな距離。
アレトが息を飲む間もなく――

 「やっぱり、やーめたーー!! はははははは!!」

男の足が振り抜かれる。


――ドンッ!!

 強烈な蹴りがアレトの腹を捉え、彼の身体は宙を舞った。
背中から木に叩きつけられ、鈍い衝撃音が響く。

 「……ガハッ!!」

 「お兄ちゃん!!」

 「なんて速さだ! 」

フーチはその速度に一瞬固まった--がその男の行動は続く。


男は肩にある3本の短剣をアレトに向かって連続で放った

--グシュ!スッ!グシュ!!

アレトの両肩に1つずつ刺さり、左耳に1つかすめた。


 「あーはっはっはっは!ハガお兄ちゃんたちにバレたら怒られるよなー!これ!」


男はアレトに向かい走り出そうとした時

 「<噴砂サリオ>!!」

男の横に取り残されていたリーナが男の顔目掛けて砂を噴射した。


 「ぅわぁぁあああ! 」

 「お兄ちゃん! 」「二人とも! 」

リーナとフーチはアレトの元に駆け寄った。


 「俺は大丈夫……二人とも……どいて」

アレトは痛みに耐えながら左手で右肩の短剣を引き抜き、右手を前に出す。

 「動いてはダメだ! 」「どうしよ、どうしよ! 」

 「<鎌風カマイタチ>……!!」

キィィィンッ!!

風の刃が解き放たれ、一直線に男の脇腹を切り裂いた――!


 「ぐあぁぁあぁぁあ! 」

 「リーナ、ケガは……ないか? 」

 「お兄ちゃん! 」

 「安静にしていろ! 」


 「よくも、よくもこの僕をぉぉぉ!! 」


--……ドオォォォォォォン!!

突如、テントの方向から爆音が響く。

三人が反射的に振り返ると、遠くの空がぼうっと赤く染まり、濃い煙が立ち上っていた。


 「ふっふっふ……くっくっく……
サガお兄ちゃん、ハガお兄ちゃん……今回は僕の勝ちだねぇ」

闇の中、男はにやりと笑う。

 「だって……お目当ての龍はここにいるんだもん!」

男がすっと手を動かす。

 「<静かな電刃シーデン>!」

僅かに聞こえた技名…………何も見えなかった。




しかし次の瞬間――

--バチチチチチチチィッ!!

 「アッ……ガッ……あ……」

リーナの体が痙攣けいれんし、目を見開いたまま天を仰ぐ。

 「リーナ!!」

 「電属性の……術だ!!」


リーナはその場に崩れ落ち、膝をついて、はぁっ、はぁっ!と荒く呼吸を繰り返す。

 (意識はある!)

アレトはすぐさま左手でリーナの手を掴み、右手で肩に突き刺さった短剣を無理やり引き抜くと、リーナを抱えて近くの木陰に滑り込んだ。

 「リーナ! 大丈夫かっ!?」 「う、うん……まだ……動ける……」


リーナは所々、焦げたような匂いがした。

 「リーナをよくも……」

アレトはゆっくりと立ち上がる。

 「リーナをよくもぉぉぉぉっ! 」


突如としてアレトの周りに僅かな風がまとい出す。

 「そ、それは!?……まぁ良い、私も行動が遅すぎたな! 」


--グロロロロロロロッ!!

フーチは小さな龍の姿から木々の大きさ程度まで巨大化した、今フーチの力で大きくなれるのはここまでのサイズだが、一人の人間に対し、威嚇、戦闘を行うには十分の大きさだった。


 「おいおい、大きくなれるのは知っていたが思っていたより“小さい”な」

男は不気味な笑みを浮かべる。


 「ふん、強がるつもりか!<龍光ドラグノア>!! 」

フーチは“あの時”黒い龍パスガが繰り出していた、破壊の光線を男に向け放つ。


--ヴォン……ドドドドドドォォンッ!!


 放たれた光線は男のいる場所に大きく直撃した後、光線の余韻はその後ろの森まで破壊していった。


 「んーー、惜しいね。ほんの少しだけ、“溜め”が長いね……」

 「フーチ!! 」

アレトは大きく叫んだ、視線の先は背中に向いている。

 「なっ! 」

 「大人しく、寝てろ」


今まさに男の何かの術か技を発動する直前に

 「定めた……<噴砂サリオ>!!」

リーナの手から一直線に男の顔目掛けて砂が飛んでいた。



が咄嗟に男はリーナを見つめる。


 「やっぱり邪魔だな<乱発の電糸クライスレ>」

砂をかき消すように、空間に走る紫の線。

細く、無数の電気の糸が空中をうように伸び、リーナの体を包んだ。


--バチバチバチバチ!!


 「……が……っ」

リーナは声すら発する間もなく、体中に電撃を浴び、崩れ落ちた。

 アレトには、その瞬間がスローモーションに見えた。
凍りついた時間の中で、リーナの体――その胸元――心臓のあたりに、数本の電糸が深く、確かに突き刺さっているのが見えた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?