「フーチさん! とにかく、一緒にここを離れよう! 」
リーナはフーチの尾に手をかけ、その小さな体を引きずり始めた。
「俺は後ろから――!! 」
………………
「こんばんは……」
『!!……』
既に予定していた退路。そこに黒い影が立っていた。 そいつは、異様に低い声で不気味に挨拶をしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「誰だ、お前……! 」
「ん〜〜……良くないね。子どもでも、挨拶されたら返すべきじゃないかな」
姿を現したそいつは、全身をタイトな黒装束で覆っていた。 露出しているのは、ただ一対の目だけ。身体のあちこちに見せびらかす様、わざとらしく短剣を忍ばせており、異様な気配を放っている。
アレトは一瞬で危険を察知した。 咄嗟に腕を構え、反射的に属魔を使う。
「<
――シュッ、パン!!
放たれたそれは勢いよく飛び、その男の胸元へ直撃した。
(よし、時間は稼げる! )
「リー!!」
「はっはっは!これはこれは……すごいねぇ! 」
その男は倒れた状態のまま無数に装備している短剣を一本リーナの真後ろにある木に向かって投げた。
『…………』
リーナの頬から一筋の傷が浮かび上がる。ゆっくりと血が流れ顎から垂れた。
「なかなかの威力だね〜。普通の兵士程度なら気絶していたかもしれないよ」
男はゆっくりと起き上がる。その動作は不気味なほど余裕に満ちていた。
――グロロロロッ!!
フーチが唸るような威嚇音を響かせ、男との間に立ちふさがる。
「二人とも! テントに向かって走るんだ!」
「……小さな龍さん、今回の目当ては君だ。正直、子どもたちはどうでもいい。だから帰りな、テントに……二人とも」
『!!』
「早く逃げなさい!!」
(リーナだけでも……逃がさないと!)
アレトはリーナの手を掴み、森の中へ駆け出した。その一瞬のあいだ、頭の中にはいくつもの思いがよぎる。
(テント……リーナ……先生……騎士団……フーチ……お母さん……!)
――ッ!!
突然、目の前に“奴”の顔が現れた。鼻と鼻が触れそうな距離。 アレトが息を飲む間もなく――
「やっぱり、やーめたーー!! はははははは!!」
男の足が振り抜かれる。
――ドンッ!!
強烈な蹴りがアレトの腹を捉え、彼の身体は宙を舞った。 背中から木に叩きつけられ、鈍い衝撃音が響く。
「……ガハッ!!」
「お兄ちゃん!!」
「なんて速さだ! 」
フーチはその速度に一瞬固まった--がその男の行動は続く。
男は肩にある3本の短剣をアレトに向かって連続で放った
--グシュ!スッ!グシュ!!
アレトの両肩に1つずつ刺さり、左耳に1つかすめた。
「あーはっはっはっは!ハガお兄ちゃんたちにバレたら怒られるよなー!これ!」
男はアレトに向かい走り出そうとした時
「<
男の横に取り残されていたリーナが男の顔目掛けて砂を噴射した。
「ぅわぁぁあああ! 」
「お兄ちゃん! 」「二人とも! 」
リーナとフーチはアレトの元に駆け寄った。
「俺は大丈夫……二人とも……どいて」
アレトは痛みに耐えながら左手で右肩の短剣を引き抜き、右手を前に出す。
「動いてはダメだ! 」「どうしよ、どうしよ! 」
「<
キィィィンッ!!
風の刃が解き放たれ、一直線に男の脇腹を切り裂いた――!
「ぐあぁぁあぁぁあ! 」
「リーナ、ケガは……ないか? 」
「お兄ちゃん! 」
「安静にしていろ! 」
「よくも、よくもこの僕をぉぉぉ!! 」
--……ドオォォォォォォン!!
突如、テントの方向から爆音が響く。
三人が反射的に振り返ると、遠くの空がぼうっと赤く染まり、濃い煙が立ち上っていた。
「ふっふっふ……くっくっく…… サガお兄ちゃん、ハガお兄ちゃん……今回は僕の勝ちだねぇ」
闇の中、男はにやりと笑う。
「だって……お目当ての龍はここにいるんだもん!」
男がすっと手を動かす。
「<
僅かに聞こえた技名…………何も見えなかった。
しかし次の瞬間――
--バチチチチチチチィッ!!
「アッ……ガッ……あ……」
リーナの体が
「リーナ!!」
「電属性の……術だ!!」
リーナはその場に崩れ落ち、膝をついて、はぁっ、はぁっ!と荒く呼吸を繰り返す。
(意識はある!)
アレトはすぐさま左手でリーナの手を掴み、右手で肩に突き刺さった短剣を無理やり引き抜くと、リーナを抱えて近くの木陰に滑り込んだ。
「リーナ! 大丈夫かっ!?」 「う、うん……まだ……動ける……」
リーナは所々、焦げたような匂いがした。
「リーナをよくも……」
アレトはゆっくりと立ち上がる。
「リーナをよくもぉぉぉぉっ! 」
突如としてアレトの周りに僅かな風が
「そ、それは!?……まぁ良い、私も行動が遅すぎたな! 」
--グロロロロロロロッ!!
フーチは小さな龍の姿から木々の大きさ程度まで巨大化した、今フーチの力で大きくなれるのはここまでのサイズだが、一人の人間に対し、威嚇、戦闘を行うには十分の大きさだった。
「おいおい、大きくなれるのは知っていたが思っていたより“小さい”な」
男は不気味な笑みを浮かべる。
「ふん、強がるつもりか!<
フーチは“あの時”黒い龍パスガが繰り出していた、破壊の光線を男に向け放つ。
--ヴォン……ドドドドドドォォンッ!!
放たれた光線は男のいる場所に大きく直撃した後、光線の余韻はその後ろの森まで破壊していった。
「んーー、惜しいね。ほんの少しだけ、“溜め”が長いね……」
「フーチ!! 」
アレトは大きく叫んだ、視線の先は背中に向いている。
「なっ! 」
「大人しく、寝てろ」
今まさに男の何かの術か技を発動する直前に
「定めた……<
リーナの手から一直線に男の顔目掛けて砂が飛んでいた。
が咄嗟に男はリーナを見つめる。
「やっぱり邪魔だな<
砂をかき消すように、空間に走る紫の線。
細く、無数の電気の糸が空中を
--バチバチバチバチ!!
「……が……っ」
リーナは声すら発する間もなく、体中に電撃を浴び、崩れ落ちた。
アレトには、その瞬間がスローモーションに見えた。 凍りついた時間の中で、リーナの体――その胸元――心臓のあたりに、数本の電糸が深く、確かに突き刺さっているのが見えた。