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第18話 優しい属魔


――朝がやってくる、野宿している者たちの顔に日が射すも、度重なる騒動による疲労が抜けない為か、目覚める物は少なかった。


 そして、テントの中では――


 アレトは目覚めの直前、森の中での出来事が夢に出てきていた、その内容は主にリーナの胸を貫く雷の糸が何度も夢の中で再生される。


(う……今のは夢……?……いや夢じゃない……リーナ……リーナは!? )

 「いて、いててててて」

アレトは体を起こすが、痛みが彼を襲う。



 「君、起きたのかね。どれ、その痛み取ってやろう」

そう話しかてくるのは、確か、モンスターの襲撃後ヴォルクのお母さんを引き取っていたアドリウス隊の年のとったお医者さんだった。


 「医者……ここはどこのテントですか? 」

 「怪我人や病人のためのテントじゃよ」

そう返事をする医者の後ろには、何人かの大人が寝ている。中にはアレトの母がいた。


 「母さん! 」

 「これこれ、動くな……<再生の光リジェート>」

医者が手をかざし、術を発動すると、とても薄い緑の光が照射されアレトの傷が薄くなっていく。


 「……まぁ……もう、良いぞ。母の顔を見てやれ」

 「ありがとう、お医者さん! 」

傷跡は治っていないものの、痛みの引いたアレトは病床から飛び出し、母の元へと向かった。



 「母さん、生きてて良かった……もしものことがあったら、リーナが……」

 アレトは再び思い出したかのように、傷の痛みをなくしてくれた医者に顔を向けるも、医者は反射的に答えた。

 「その子はセッカ隊の医者が担当しとる。隣のテントじゃ、今は近寄るな」

 「どうして、リーナは大丈夫なの!? 」


非常に慌てるアレトに医者は言葉を重ねる。

 「落ち着きなさい。目覚めれてくれれば何とかなりそうとは言ってたんじゃが……きっと大丈夫、まだ朝じゃからもうすぐ起きるんじゃないかの~」

 「……治すのに起きとく必要があるの? 」


そのとき、バサッと音を立ててテントの入り口から誰かが入ってくる。

 「先生!」

 「驚きましたね、もう動けるのですか」

 「今の質問はゼフィール先生に聞きなさい。ゼフィール先生、私は他の患者があるので宜しいでしょうか。アレト君は見ての通りですので」


 先生は真剣な表情で、足の先から頭まで流れるようにアレトを見つめた。


 「跡は残ってるけど痛みはないよ!」

 「……ふぅ、ともかくは“アレトくんは”無事だったということですね。良かった」

 「リーナもすぐに起きるから、きっと大丈夫だって」

 少し無理のある笑顔と明るい声。
相当心配なのだろう。アレトは自分を落ち着かせるように、数回深呼吸をした。


 (アレトさんが前向きなのに、私としたら……いけませんね)

 「そうですね! リーナさんが目覚め次第、他の子たちも集めて授業でもしましょう」

そのゼフィールの思い切りのある声に、アレトは元気をもらった。

 「俺、外の空気が吸いたい! 」

アレトはテントから飛び出るように出ていった。



 「……情報を聞くのはもう少し後にしますかね」と一人囁きながらゼフィールもテントを出る。



 アレトは外の空気を大きく吸った後、医者にするつもりだった質問をゼフィールに投げかけた。



 「それはですね、傷を癒すタイプの属魔アトマや、付与するタイプの属魔アトマはキャッチボールのように考えていただくとわかりますよ」

そう言ってゼフィールは軽く笑みを見せたあと、詳しい説明を始めるよりも前に、アレトの中に自然と理解が芽生えるよう、言葉を選ぶ。




 回復や強化といった“”は、攻撃系とはまったく異なる性質を持っている。


 たとえば、火の玉や斬撃のような属魔は、相手が意識を失っていようが容赦なく命を奪うことができる。それは“”だけのものだからだ。


 だが、癒しなど与える属魔は、対象の身体や精神の“内側”に入って、作用して初めて効果を発揮する。そのため、対象が意識を保っている必要がある。

あくまで“受け取る準備が整っていなければならない”のだ。


 それはまるで、投げたボールを相手がきちんとキャッチすることではじめて成立するキャッチボールのようなもの。

相手が寝ていたり、意識を失っていたりすれば、そのボール──つまり属魔は、ただ地面に落ちてしまうだけとなる。


 回復の作用がかけられていても、深い眠りの中ではその力を吸収できず、効果がうまく伝わらない。だからこそ、患者が目を覚ましていなければ、その属魔の恩恵も十分には得られないのだ。




 「へぇ、なるほど……俺の痛みを起きてから取ったのもそういうことか」

 「上手く伝わったようですね。良かったです」

 「でも医者の術でも傷跡は治らないのか、リーナ……」

アレトはリーナの命が助かることを信じている。その上でリーナの体に一生残る傷が出来ることを心配した。



 「ふふ……あのお医者様は普段は医者ではないそうですよ、普段は毒の属魔ドク アトマをメインとしている戦闘要員らしいです」

 「え、医者じゃないの!? 」


 「アドリウスさんの騎士団には専門的な医者はおらず、全体的に“治の属魔チ アトマ”を使える方が10人ほどいて、その方達で応急的な手当てをしているらしいです。リーナさんを診ているセッカ騎士団のお医者様は“療の属魔リョウ アトマ”で専門的なお医者様です」


 「へぇ~それって、俺も使えるようになるの?」

 アレトはその優しい属魔に魅力を感じていた。あの時もリーナに少しでも応急的な手当が出来ていれば、今よりかは容態がマシだったかも知れないと。


 「“治の属魔チ アトマ”と“毒の属魔ドク アトマ”は専門的な学校に行けばどなたでも習得出来ると聞いていますよ。上位の“療の属魔リョウ アトマ”、“腐の属魔フ アトマ”は才能が必要ですが……ただ条件が数個あって……」

 「条件?」

 「はい、龍、妖、条の属魔を除いて、人は習得出来る属魔が4種類までと言われています。なので……」



 「リーナにも龍が宿ったし……ってことは……」


 「え、少し待ってください!リーナさんに龍が宿ったと今言いましたか!? 」

 「うん」

 「それは、リーナさんが龍を倒したということですか!いや、宿ったってことは」

ゼフィールはアレトの肩を両手で掴み、ものすごい圧で質問してくる



すると。不機嫌そうなヴォルクが近寄ってきた

 「うるせぇな……もう少し寝ていようと思ったのによ」

 「ヴォルク!」「ヴォルクさん」



 アレトとゼフィールがほぼ同時に声をかける。ゼフィールはその姿を見て、ようやく自分の取り乱しに気づいたのか、慌てて手を離し、周囲を見回す。


 野宿していた村人たちが、何人か目を覚まし始め、こちらをぼんやりと見上げている。


 「ん……ゴホン!」
ゼフィールはわざとらしく咳払いをして体勢を整えた。

 「お二人にお話がありますので、ガルオスさんとアドリウスさんと合流しましょう」


 「は? 嫌に決まってんだろ!」
ヴォルクは食ってかかるように言い返す。だがその視線の先にはテントがあった。

 「……それより、か……」

 「その“お母さん”のことでです、ヴォルクさん」

ゼフィールの静かな一言に、ヴォルクの声が止まる。

 「な……わかった」

短くそう答えると、ヴォルクは押し黙り、口を閉じた。



 ゼフィールはアレトにも目を向ける。

 「それからアレトさん。昨日の事情を、できる限り詳しく聞かせていただきますよ」

 「……わかった、先生」

 「アレトさんの件は急ぎですので、早速向かいましょう」

アレトとヴォルクは、昨晩の出来事を思い出しながら無言で頷き、ゼフィールのあとに続いた。


 さほど距離がなかったのか、合流はほんの一分ほどで果たされた。
朝日に照らされ、大柄の男と細身の男の影がゆっくりとこちらへ伸びてくる。


 「先生、今から会いに行こうと思っていたところですよ!」


 「僕もゼフィールさんに声をかけようと思っていたところです」


 「お二人とも、おはようございます」

そんな大人たちの輪に加わるように、アレトも深々と頭を下げて挨拶する。


 「おはようございます!」

 「……」

ヴォルクは、相変わらず無言だった。


 「おう、少年たち! 色々と話があるぞ!」


 「とにかく、みんな座りましょうよ」

ガルオスは、少年たちを気遣うように明るく声をかけ、アドリウスは落ち着いた調子で静かに場を整える。そしてその空気を破るように、ゼフィールが話し始めた。


 「まずはアレトさん、急かして申し訳ないのですが……昨日の出来事を、一つずつ丁寧に伺ってもよろしいですか?」



 アレトはコクリと頷き、語り始めた。ゼフィールはところどころで質問を挟みながら、丁寧に聞き取っていく。




 昨夜に起きた、不思議な白いモヤとの遭遇~森での龍との出会い。
襲いかかってきた敵たちと、曖昧な記憶の中での戦闘。
そして、リーナの身に龍が宿ったこと。




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