アレトの口から語られた一つ一つの出来事に、集まった大人たちは言葉を失う。 思わず息を呑み、しばし沈黙が落ちた。
もちろん、先ほどまで不機嫌そうだったヴォルクもその話に耳を傾けている。
そして、その沈黙を破ったのは、ガルオスだった。
「……宿った、ってのは確かなのか?」
重く、地を踏みしめるような声だった。 アレトは視線を落とし、でも逃げずに頷く。
「はい。目の前で見ました。リーナの体に……あの龍の……フーチの光が吸い込まれていくのを」
空気がまた、一段と冷たくなる。 アドリウスが腕を組み、静かに訊いた。
「その直後、何か変化は?」
「……ごめんなさい、そこからは気を失ってしまって……」
アレトの声は徐々に小さくなっていく。
「未成熟な体で……本当に、よく生きていたな」
ゼフィールが絞るように呟く。
「
「ちょ、待て待て」 そのとき、ヴォルクが割って入った。 難しそうな言葉をぶった切るように、手を軽く振る。
「魔ギロ?属魔?……なんだか知らねぇが、要するにこいつの妹がやばいってことだろ」
ゼフィールが少し面食らった顔をしたが、一呼吸置き、うなずく。
「……ええ、そうです」
「なら、それでいいじゃねぇか。……ぐだぐだ難しく言ってるヒマがあるなら、助ける方法を急いだ方がいい」
アレトは、ヴォルクの言葉にハッと顔を上げた。
「ヴォルク……」
「テメェ、妹が心配なら、今さらクヨクヨすんな。……まだ終わってねぇだろ」
ぶっきらぼうに、でもまっすぐに言い放つ。
「……ヴォルク、ありがとう。でも大丈夫、先生たちの反応で一瞬はびっくりしたけどリーナも、みんなも信用してるし、何よりフーチとは一瞬だけど友達になったんだ。だからきっと大丈夫」
「なら最初からそう言いやがれ! 」
照れくさそうに顔を真っ赤にしながらヴォルクは怒っていた。そのやり取りを見て周囲の緊張感が和らいでいく。
「ふふ……アドリウスさん、この状況をリーナさんのお医者様に……」
「了解です」
ゼフィールの言葉を聞くや、アドリウスは席を立ち、この会話から抜けていった。
…………と思ったが、アドリウスは立ち止まっている。
アレトは瞳を大きく開ける。
ガルオスがアドリウスに声をかけようとする。
「おい、どうしたお前にして……は……」
ガルオスの向く方向には、セッカ隊の医者であろう人たちが慌てた様子で少女を追いかけていた。
そこには、オレンジの綺麗な髪がなびき、綺麗な緑の瞳を輝かせ、陽の光を横から受け、平原の地に伸びる影を揺らしながら近づいてくる少女の姿があった。
「リーナ! 」
アレトは思いがけず、座っていた木の丸椅子を蹴飛ばし走り出す。
リーナも驚きと同時にアレトの元へと走り出した。
アレトは優しく、頭を撫で合いながら大きな声で安堵する。
「よかったーーーー!! 」
リーナは別で優しく声をかける
「フーチがこっちに行けっていうから向かってみたら、お兄ちゃんがいた……」
アレトはリーナの肩を掴んだまま体を引き離し、リーナの様子を見る。
「フーチが……もう動いて大丈夫なのか!? 」
新しい服を着せられていて、心臓付近の傷などは外から見えないが、露出している腕や足はすっかりと綺麗になっている
そして周りにいる大人たちはリーナを見て唖然としていた。
「おいおい、早すぎねぇか。うちの医者はあの状態から、ここまで早いこと完治できるのか」
ガルオスの発した言葉に応じるよう、周りの医者は焦った様子で話し出す。
「いや、さっきまで本当にボロボロでした、命すらも助かるかわからないぐらいで、意識を取り戻したことに気づき私が“療の属魔”を使った際に……」
医者は思わず言葉が途切れるも、続けた。
「リーナちゃんの体が白く光だして、私の術を待ってましたと言わんばかりに、いや……私の術を引っ張るように体が吸収していったんです。そしたらこの早さで……」
「フーチが助けてくれた! 」
リーナは嬉しそうに、少し自慢げな様子でアレトに話しかけた。
「フーチとね、なんとなく話ができる気がするの」
「話? フーチと会話できるのか?」 アレトが少し驚いたように聞く。
質問のあと、リーナは小さく間を置いて、不思議そうな顔で首を傾げた。
「ううん、声が聞こえるわけじゃないし、言葉で話すこともできないよ。でも……なんとなく気持ちが伝わってくるというか、うまく言えないけど、心で会話してる感じ」
「……リーナがそう感じてるなら、きっとフーチが助けてくれてるんだと思う。よかったな!」 アレトはそう言って微笑んだ。
「うんっ!」
「フーチ……リーナを守ってくれて、ありがとう」 アレトがそう静かに呟いた――そのときだった。
「う……う゛っ……」 リーナが突然、胸を押さえて蹲った。
「リーナ、大丈夫か!?」 「リーナさん!」
アレトとゼフィールが声を上げ、緊張が一気に場を包む。 アレトは慌ててリーナの背に手を当て、様子を確認した。 ゼフィールはすぐに医者の方へと目を向ける。
視線を感じ取った医者は、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「アレトくん、リーナちゃんを診るよ!……やっぱり、まだ完全には回復していなかったのか!? <
医者の目が淡く光り、術が発動する。
「どうですか?」 アレトが焦った声で問いかける。
「……傷は見当たらない。<
「それは……?」 ゼフィールが聞き返す。
「体内の魔基路を視るための術です。……これは……っ!」
「魔基路に何かあったんですか!?」
ゼフィールが医者に詰め寄ったその瞬間、別の場所から叫び声が上がる。
「リーナ! しっかりしろ!」
見ると、リーナはすでに意識を失い、ぐったりと倒れ込んでいた――。
「リーナちゃん……この子の体内が、龍の属魔に完全に覆われている……他の魔基路がまったく視えないんです!」 医者の声は明らかな動揺を含んでいた。
「な……それじゃ、生命活動が成り立たないじゃないか!」
「でも先生! リーナ、ちゃんと息してるよ!」 アレトが顔を寄せて言葉を返す。
「……それが、どうしてなのか私にも分からない。理屈では説明できないんです……!本来なら、
混乱する医者、言葉を失うゼフィール、焦りを募らせるアレト。 誰もがどうすればいいか分からず、立ち尽くしていた。
その時だった。 張り詰めた空気を切り裂くように、ガルオスの怒声が場を支配する。
「――これより先の行動は、すべて俺が責任を持って決行する!」
その一言に、場の全員がハッと我に返るようにガルオスを見た。 その目は強く、迷いひとつない。
「先生、そのボウズ2人とその女の子と例の患者、医者1人で、首都スセイリアに真っ直ぐ向かってください。連絡を入れておきますので、いづれ迎えの龍と合流できるはずですが、しばらくは歩いてもらうことになると思います」