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第3話 一つの体

(殺される瞬間、俺は一度だけしか使えない秘術の大魔法で自分の魂を飛ばしたんだ)

(ええっ?)

 少年の驚いた声が頭の中に響いた。

(魂の入れ物を見つけるタイムリミットはほんの数分だったが、ぎりぎりのところで死にかけの体を見つけた。それが君だった)

(あ、はい……)


 身寄りがなかった俺が王立学院に入れたのは、王都で俺を養ってくれた大魔術師バッソのおかげだ。俺の剣の才能を見いだし、学費も寮費も免除となる特待生として王立学院に押し込んでくれたのだ。俺は努力を重ね、勇者候補生だった同級のグレンと互角に渡り合えるほどの剣術を会得した。

バッソは俺に、いざというときの魔術をいくつか教えていた。このことは誰にも言っていない。中でも最後の手段として伝授されていたのが魂を転移させる秘術だった。こんなに早く使うはめになるとは思わなかったが、バッソは何の後ろ盾もない俺を案じ、謀略に遭って処刑されることさえも想定してこの大魔術を授けてくれていたのだろう。今ごろ王都で彼にも追手が迫ってなければいいのだが。まあ、年を取ったとはいえ、先代の魔王を倒した勇者パーティーの一員だった大魔術師だ。簡単にはやられはしないだろう。


(あのままだったら君は、いや俺も死んでいたのだが……)

(あ、はい。ありがとうございました)

(礼は言わなくてもいい。君の体を俺が乗っ取っただけだからな)

(はあ……)

(君は体を動かすことはできないだろう)

(あ、はい確かに……)

(でも今、俺は君の体を出ていくわけにはいかない。本当にすまない)

(あ、だからいいですよ。ボク、ホントだったら死んでたんですから)

(俺はその死を期待して君に入ったんだ。だから、感謝される筋合いではない。それにしても君はなぜあの魔族と戦っていたんだ?)

(あ、ええ、実はこの近くにあるボクの村、あの魔族に何度も襲われていて……いつも女性が生贄になっていたんです。ところが、今回は自分に一太刀浴びせられる勇敢な者がいたら許してやるって言ってきて……)

(それは皆殺しの罠だな)

(ええ、それはわかってました。だからボクが時間稼ぎをしている間に村のみんなは逃げる手はずだったんです。ボク、十六歳になったばかりですが、少しだけ剣のスキルがありましたから」

(それで君はどうするつもりだったんだ)

(はは。ボクはさっき見た通り、時間稼ぎしたら殺される役割だったんです)

(なぜそんな自己犠牲を?)

(ああボク、両親が早くに死んで、あの村で世話になってたんです。十三歳の鑑定式で剣のスキルがあることが分かって、村のみんなは喜んでくれたんですけど……王立学院に入るお金もありませんし、それでも村の役に立ちたいと自己流で剣の鍛錬はしていました)

(そこにあの魔族が現れたのか)

(はい。村のみんなは今度こそ一緒に立ち向かおうって言ってくれたんですが、勝算はほとんどありません。剣のスキルを持っているのはボクだけで、村への恩返しでボクが一人で闘うことにしたんです)

(君の勇気には本当に頭が下がるが、村の者は少し薄情な気もするのだが……)

(いえ、それは違います!)

 頭の中に、強く強く少年の声が響いた。

(みんなに生きてほしいってボクが説得したんです。闘ってみんな死んじゃったら意味がないって。薄情だなんて言わないでください。それに、ボクだって簡単に死ぬつもりはありませんでした。万に一つでもチャンスがあれば……)


この少年は絶望の淵に臨んでなお、諦めなかったのだ。この華奢な体にありったけの闘志を込めてあいつに挑んでいたのだ。それに比べて俺は……簡単に諦めて肉体を捨て、ここに逃げてきたようなものではないか。


(ああ、軽率なことを言ってすまない。そうだ、君の名を聞いていなかった)

(あ、はい。ボクはアルトって言います)

(俺と一文字違いだな。体を乗っ取っておいて不謹慎かもしれないが、俺も君と同じ孤児だったし、不思議な縁を感じるよ)

(はは、不謹慎じゃないですよ。あの剣術、すごかったですから。ボクがいきなり強くなっちゃったみたいでびっくりしました)

(君も強くなれると思う。ただ……しばらく俺の復讐に付き合ってもらうことになるが……)

 俺がこの肉体を出れば少年は元に戻るだろう。だが、復讐を放棄するわけにはいかない。

(え? 復讐?)

(そうだ。さっき俺は冤罪で処刑されたと言ったろ)

(はい)

(俺を陥れた首謀者は勇者グレンなんだ)

(え!?)

(やつに真意を問いたださなければならない)

(裏切られたんですね。でも何か事情があったのかも……)

(それはわからない。でも、俺の首をはねたのもやつだ)

(そうなんですか……わかりました。ボクの体でよければ、存分に使ってください)

(ありがとう。まあ、使わせてもらうしかないんだがな)

(はは、そうですね)

(ああ、そうだ。君の村に行ってみようか)

(そうですね。隠れているみんなを連れ戻さないと)

 俺と少年は、といっても体は一つだが、魔族と闘った森を抜け、少年の村を目指した。



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