「あ、あの、アルト?」
さきほどヒールをかけた少女が近づいて来て、俺、いやアルトに声を掛けた。
「今の力、すごかったけど……本当にアルトなの?」
俺たちは頭の中で会話していたので、この子にはもちろん何も聞こえていない。
「あ、ああ、えーと……リリ……ア? だっけ?」
「え? アルト、私の名前を忘れちゃったの?」
「あ、いや、突発的な記憶喪失というか……気が動転して」
「そう……そうよね、みんな殺されてしまって……母さんたちはどこかに連れていかれたみたいで……」
少女は涙を流したが、気持ちを振り切るように俺、いやアルトに言った。
「でも、あなたが生きていて本当によかった。本当に……」
俺は無言で少女を見詰めるしかなかった。
「でも、どうやって魔族から逃げたの? あ、それと私の傷……」
「あ、そ、それは俺、あ、いやボク、森で特別な力を授かって……」
言い訳にしては適当すぎるか。だが瞬時に思いつくのはこれぐらいだ。
「特別な力? 神様からもらうような?」
信じてくれたのか。素直な子だ。
「あ、ああそうなんだ。急に俺、あ、いや、ボクの中に力がみなぎって……」
「そんなことってあるのね。とにかく、あなたが生きていてくれたことだけで私……」
再び少女は再び涙を流し、俺、ではなく少年の手を握った。
(リリアはボクと同い年の幼馴染で、ボクが剣のスキルを授かるまでは彼女の方が剣術の腕は上だったんです。その後もボクの鍛錬に付き合ってくれてました)
アルトがリリアについて頭の中で説明してくれた。それにしても村を蹂躙された怒りがあったとはいえ、たった一人で王都の騎士に挑むとは、この子の勇気も相当なものだ。
「どうかした? アルト?」
少女は涙をぬぐい、不思議そうな顔をこちらに向けた。
「あ、いや何でもない。ちょっと考え事をしていた。連れていかれた君の母さんたちをどうやったら助けられるかってね」
「え? そんなことができるの?」
「すぐは無理だろう。ただ、あいつは奴隷にすると言っていたから、当面は命を奪われることはないだろう。助ける手立てはきっとあるはずだ」
「あればいいんだけど……あの、アルト、なんか口調が変な気がするけど……」
「え? あ、いやその、えーと、ああ、力を授かってから、お……いやボク、なんか変なんだ。ごめんね」
俺は精一杯、少年らしい言葉を使った。といっても俺だってまだ二十二歳なのだが。
「あ、うん。そうだね。私も気が変になりそう。これからどうすれば……」
(森の近くに村の作業小屋があって食糧も備蓄してあります。とりあえずそこへ行きましょう)
頭の中でアルトがそう言い、俺がリリアに告げた。
「ひとまず森の作業小屋に行こう」
「あ、うん……でも殺された人たちを放っておくわけには……」
「今は仕方ない。殺したあいつらが戻らないのを不審に思って仲間が舞い戻ってくるかもしれない。ひとまずここを離れるしかないだろう」
「そうね……悲しいけど、しょうがないのかな……アルトは冷静ね」
「あ、いや、あれだ、興奮してるからかな、頭が冴えて……」
俺としたことがまた口調が元に戻ってしまっていた。
「そうなんだ、あ、そうだ。倉庫に村のお金があるはず」
そう言ってリリアはレンガ倉庫に入り、金貨7枚、銀貨29枚を見つけてきた。君もとても冷静じゃあないか。
「これだけあれば当面は大丈夫かな。着替えになりそうな服はなかったけど……」
リリアの服は腹のところが裂け、大きく肌が露出している。
(あの……剣聖様、目をそらしてくれませんか……)
俺の頭の中でアルトが赤面したように思えた。