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9-8 限界オタク

 「ファ、ファンです! 握手してください!」


 ルナは思わず声を裏返しながら、手を差し出した。

 かつて“ネコノミコト”と呼ばれ、VTuber界を席巻した伝説的存在。

 その憧れのVTuberと、今まさに異世界で対面している。胸の高鳴りは抑えられない。


「昔からずっと推してて、ライブも最前で見てました! グッズも大量にあるし...

配信も全部見ました! バイトある時はリアタイじゃなくてアーカイブだったけど...

あ、あと、あなたに憧れてVTuberになったんです!」


 緊張のあまりロールプレイを忘れ、素の口調が漏れてしまう。

 コメント欄もそれに気づき、揶揄するような書き込みが続いた。


にゃん民: ルナちゃんロールプレイ外れてるぞ

にゃん民: 推しに会えて興奮しすぎw

にゃん民: これはガチ恋勢の声だ…


「あわわわ…ご、ごめんなさいですにゃ…」


 ルナは照れ隠しに猫耳をピコピコ動かしながらも、ニニギへの崇敬は隠せない。


 すると、天照ニニギは穏やかな微笑みを浮かべ、ルナの差し出した手を両手で包み込んだ。


「ありがとう。私に憧れてくれているの?

 でも“昔から”って、私の活動歴は1年くらいなんだけどなあ?」


 イタズラっぽい光が、その瞳に揺れる。

 それが公然の秘密——天照ニニギの本当の前世を暗示していると、ルナはすぐに察してしまった。


「あわわわわ……」


 ルナは動揺しつつ、興奮を隠そうとしない。

 コメント欄も、そんな二人のやり取りを見て盛り上がっている。


にゃん民: シーだよルナちゃん!

にゃん民: 公然の秘密きたー

にゃん民: やっぱりニニギはあの人…!


 ニニギはそんなコメントを見ても特に気にした様子はなく、優しい眼差しをルナに向ける。


「あなた、異世界でずっと戦ってきたんでしょう?

 聞いてるわ、四天王を退けたり、ドワーフの里を救ったり…本当にすごいわ。」


「い、いえ、私なんかまだまだですにゃ…」


 ルナが謙遜するように目を伏せると、ニニギはそっと微笑んで、ねぎらう言葉をかける。


「でも、一人で頑張ってきたのでしょう?

 あなたの配信を見ている人がいる、それを糧に前に進む姿は本当に素晴らしいわ。」


 その言葉に、ルナは胸がいっぱいになった。

 ずっと憧れだったVTuberが、自分を認め、称えてくれている……感動のあまり、瞳に涙が浮かぶ。


「うっ……ありがとう…ですにゃ……。わたし、ほんとに……」


 言葉にならない思いが込み上げ、ルナは泣きそうになる。

 コメント欄は「てえてえ」「尊すぎる」とさらに熱狂し、スペチャも次々に飛び交う。


にゃん民: ママみがすげえ

にゃん民: こんなやりとり見せられたら俺らおぎゃるしかねえ

にゃん民: バブりたい…うわあああ


「ふふっ、泣かないで。さあ、ここでゆっくり休んでいって。

 二人きりで話したいことがあるの。」


 ニニギはルナの背をそっと撫で、教会の奥へと案内する。

 ルナは溢れる感謝と喜びを抱きながら、その後ろ姿についていくのだった。




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