「実はね……私はVTuberを始める前から、母親だったの。」
ニニギがつぶやいたその言葉に、美咲は少しだけ目を見開く。
先ほど息子がいると聞いて驚いたものの、もしかすると子どもはVTuberになったあとに生まれたのではないかと考えていたからだ。
「えっ、ということは、ネコノミコトになる前から……?」
美咲が問いかけると、ニニギはうっすら微笑を浮かべ、懐かしそうに視線を落とす。
「そう。もともとは“フジワラ”っていう男の人と、まったく新しいバーチャルアイドルを作ろうと思ってね。
演者を立てるつもりだったんだけど……その演者が飛んでしまったの。結局、私が代理で“ネコノミコト”をやったら、思いのほか人気が出ちゃって……。」
「――創業者、だったんですね。」
「ええ。VTuber事業を手がけるスタートアップを立ち上げて、走り続けた。
だけど、どんどん忙しくなって、家のことは二の次になっちゃって……。
息子には、寂しい思いをたくさんさせたと思う。」
ニニギの言葉には、母親としての後悔がにじむ。
美咲は、かつて世界的に人気を博したネコノミコトが、そんな苦悩を抱えていたとは想像もしなかった。
「色々あって私は辞めちゃったけど、もう二度と、あの子を悲しませたくないのよ。
――だから、絶対に現実世界に戻るつもり。」
ニニギはそっと顔を上げ、美咲と目を合わせる。
その瞳には、母の強さとVTuberとしての意思が宿っていた。
「わかりました。ニニギさんが帰るために、私、何でもしますにゃ!
絶対にお手伝いしますにゃ!」
美咲――ルナは決意を込めて答える。
ずっと憧れだったネコノミコトの願いを、どうしても支えたいと思う気持ちが胸に溢れていた。
「ありがとう、美咲さん。
実は、あなたが倒してきた魔王四天王……彼らは今回のVTuber大量転移事件に、深く関わっていると私は推測しているの。」
「四天王……たしかに、彼らはVTuberの存在を知っていましたにゃ。
彼らが何を企んでいるのか、私も気になりますにゃ。」
ニニギはゆっくりと歩み寄り、美咲と視線を交わす。
「魔王の動向を探る必要があるの。
私一人じゃ手が回らない。だから、美咲さん――いいえ、猫神ルナさん、協力してくれないかしら?」
「もちろんですにゃ!」
ルナは力強く頷き、ニニギへ手を差し出す。
かつて憧れだった伝説のVTuberと、今は同じ異世界で未来を切り拓く仲間になるのだ。
「ありがとう。
共にやりましょう、“ママ”としても、“VTuber”としても、みんなを救いたいから。」
ニニギは穏やかな笑みを浮かべ、その手をしっかりと握り返す。
「ところで、さっきから美咲さん、口調がルナになってるわね。可愛い」
絶句し、赤くなるルナ、いや美咲であった。