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10-1 逃亡

 鬱猫シャムは、崩れた廃都の路地裏を逃げるように歩いていた。


 周囲には魔王軍の兵がうろつき、どこから攻撃されてもおかしくない状況。

 だが、彼女にかつてのような余裕はまったくなかった。


「ちっ……なんで、こんな目に……!」


 シャムの同接は、異世界に大量のVTuberが流入したことで大幅に落ち込み、力の源が薄れている。

 その弱体化した姿を見たファンの一部からも、心無い言葉が飛び交っていた。


「人気Vの裏だったらお前なんか見ないんだよ!」

「犯罪者がなにをほざく」


「うるさい、うるさい、うるさい……!」


 シャムは苛立ちを隠せず、コメント欄に向かって怒声を上げる。

 しかし、同接はさらに減る一方で、視聴者数の低下が加速していた。

 こんな中で魔王軍が追いかけてくるのだから、たまったものではない。


 荒れ果てた街の中心広場まで走り抜けた時、シャムの前にそびえるようにして最後の魔王四天王が姿を現した。


「ふふ、やっと追い詰めましたよ、シャムさん。」


 その声は慇懃無礼な響きを含んでいた。

 姿はピエロのようなお面をつけた木人形で、上から糸で操られているかのようなデザインだ。

 名をマリシャスヘイターと名乗った。


 コツコツと木の足音を響かせながら、シャムに近づくマリシャスヘイター。

 その仕草はまるで道化師のように陽気さを漂わせながらも、全身から禍々しい邪気が感じられる。


「あなたのガワ、いただきますよ。どうせまた捨てる予定なんでしょ?

 いらないのなら、私に譲ってくださると嬉しいなぁ。」


「な、何言ってんのよ……!」


 シャムは後ずさりしながら、頬を引きつらせる。

 “ガワ”とは、VTuberとしてのアバターや外見的要素を指す隠語。

 マリシャスヘイターは、シャムの外見――ゴスロリ猫耳の姿を奪おうとしているらしい。


 コメント欄も分裂していた。

 シャムを嘲る声、「ざまあww」とあざ笑う声もあれば、「シャムちゃんがんばれ」と心配する者もいる。


「う、うるさいわね! 誰があんたなんかに……!」


 言葉とは裏腹に、シャムの足は震えている。

 かつて最強を自称し、他者を蹂躙してきた彼女も、今や同接が下がり、力を失い、魔王軍に追い詰められる身。


「さあ、“鬱猫シャム”さん……あなたがどうもがくか、見せてもらいましょうか。」


 マリシャスヘイターは木製の顎をクカクカと動かしながら、シャムに不気味な笑みを向ける。

 夜の闇を切り裂く笑い声が、シャムの心を一層追い詰めていた。




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