「……その女の“転生”が、すべてを変えてしまったんだよ」
憎しみのこもった目で、フジワラは天照ニニギを――いや真琴を凝視する。
ネコノミコトの演者としての引退を申し出た彼女を、フジワラは何度も慰留しようとしたが、結局は引き止められなかった。
卒業ライブは好評のうちに幕を閉じ、ファンも一時は惜別と感謝の声を送った。
だが、その直後にフジワラが発表したのは「ネコノミコト演者交代」
――そして界隈は大炎上した。
「VTuberの本質は何か?」という議論は止むことなく、
「ガワこそが本質だ」
「声(中の人)の魂こそVTuberの真髄だ」
「中身と外側の融合が不可欠だ」
など、様々な意見が飛び交い、誰もが自説を主張して譲らなかった。
“ネコノミコト”というIPを使ってなんとか事業を続けようとするフジワラだったが、かつてのような爆発的な人気を取り戻すことはできなかった。
一度冷えたムーブメントに火がつくことはないのだ。
VTuber界隈の流行は移り変わり、視聴者は次の“推し”を見つけて去っていく。
そんな停滞のさなか、耳に入ってきたのは「天照ニニギ」のデビューという報せだった。
天照ニニギは瞬く間に注目を集め、その活躍ぶりはとどまるところを知らない。
残っていた少数のネコノミコトファンたちも、次々に天照ニニギのもとへ移っていき、VStarsの売上は最下層へと急落する。
しかもフジワラは無理な借り入れをして拡大路線を突き進んでいたため、会社の資金繰りが一気に厳しくなった。
事業資金の補填すらままならず、最終的にフジワラはビルの清掃員としてトイレ掃除をするほど貧窮に追い込まれる。
「やられた……すべて計画されていたに違いない。
真琴は自由に活動し、100パーセントの利益を得るために――俺を裏切って転生したんだ……!」
便器の前で、清掃員の制服に身を包みながらフジワラは声を震わせる。
ネコノミコトというIPを作り上げ、舞台を整え、投げ銭のビジネスモデルを磨き上げたのは自分だというのに、すべてを持ち去られた。
「真琴の成功は、俺のおかげだ。
IPを用意して、場を作って、すべてを誘導してやったのに!
それを台無しにした挙句、転生して別のVTuberなんて……!」
怒りが頂点に達し、やがてそれは憎悪へと変わる。
「憎い……中の人が憎い……転生が憎い……VTuberが憎い!
承認要求に取り憑かれた愚物どもめ……!」
フジワラの心は暗く渦巻き、歪んだ感情がゆらめいたオーラのようにも見えた。
その時だった。誰もいないはずの室内で、低くくぐもった声が耳を掠める。
「――VTuberを滅ぼしたいか?」