「ちょっといいかしら?」
ニニギがひときわ通る声を上げると、フジワラは苛立たしげに彼女へと視線を送った。
「私はたしかに“転生”したわ。でも、好き好んでそうしたわけじゃないの」
「……何だと?」
フジワラが訝しむように眉をひそめると、ニニギはかつての回想を語りだした。
「ネコノミコトが軌道に乗りはじめた頃、あなたは変わってしまったのよ。現場に顔を出さなくなり、ネコノミコトのことは私に任せっきり。
挙げ句の果てにキャバクラ通いに明け暮れて、たまに現場に来たと思えば泥酔状態……」
猫神ルナやシャム、そしてコメ欄に集う視聴者たちは、固唾をのんで聞き入っている。
「ネコノミコト48とか言って、複数の“中の人”を集める企画を打ち出しては“お前もネコノミコトの中の人にしてやる”なんて声をかけて……
性的なちょっかいを出してたって、あの子たちからクレームの嵐が会社に殺到したのよ。」
にゃん民: うわぁ最低
にゃん民: そりゃ炎上するわ……
ニニギは苦い表情のまま続ける。
「私は演者としての活動だけじゃなく、フジワラ、あなたの起こす問題の尻拭いまでしなきゃいけなくなって……家に帰れない日が続いた。」
「ようやく久々に家に戻れたと思ったら、息子に“ママは次いつ来るの?”と聞かれたのよ。
――そこで限界を迎えて、私は卒業を決意したの。」
コメント欄がさらに沸き立つ。
にゃん民: ネコノミコトって子供いたのか!
にゃん民: ママみがすごいと思ったらガチだった
にゃん民: 俺もニニギ様の子供になりたい……!
ニニギは穏やかなまなざしで続ける。
「転生して“天照ニニギ”となったのは、息子が『またママにVTuberやってほしい』って言ってくれたからよ。
今では夫も協力してくれて、無理のない範囲で配信ができているわ。
誰もが私利私欲のために転生するわけじゃない。一人ひとりに事情があるのよ!」
ニニギはフジワラをまっすぐ見据え、言葉に力をこめる。
「さあ、私たちを現実世界に帰しなさい!!」
「……俺のせいだと? ふざけるな、うるさいうるさいうるさい……!」
フジワラの肉体が不気味に黒く染まり、ぼこぼこと膨張をはじめる。 皮膚の下に赤いラインが何筋も走り、見る見るうちに人外のフォルムへ変化していく。
「俺は悪くない……すべてお前たちVTuberが悪いんだあああっ……!」
その声は怒りと憎悪に満ち、もう人間のものとは思えなかった。
最後の戦いが始まろうとしていた。