「一葉ちゃん、どうしたの!?早くしないと魔物に攻撃されちゃうってば!」
弓の弦を引いたままでいる一葉に璃音が駆け寄り、攻撃を促すも、彼女の手は弦から離れない。
「ご、ごめんなさい……みんなみたいに魔物を…生き物を殺すなんてこと、私には………っ」
自分に敵意を向けている魔物さえも、殺すことを躊躇う一葉。そうしている間にもゴブリンは彼女との距離を詰めにかかっていた。
「(ヤバい…あたしが何とかしないと――!)あたし、一葉ちゃんの援護に行きます!」
「私も唯我とひかりの援護をしよう!」
二人はそれぞれゴブリンに苦戦しているプレイヤーたちの援護に移った。それを見た雅哉と征司も援護に向かった。前者は唯我のところへ、後者はひかりのところへ。
『
唯我を攻撃しようとしたゴブリンは、シェリアイの呪文で指一本動かせなくなった。そこに雅哉がすかさず火の魔術を叩き込んだ。
「ナイスアシストっす、シェリーさん!」
ウキウキ顔でそう言う雅哉に、唯我は内心立腹していた。
(ナイス、じゃねーよ!お前が倒したせいで俺だけ魔物一体も狩れずに終わったじゃねーか!)
実際、今回の戦闘で魔物の討伐数0だったのは、唯我だけだった。ひかりは征司がゴブリンを転倒させたことでショートソードで斬ることに成功。
そして一葉はというと、璃音の手を借りて弓矢を何とか放ち、ゴブリンの頭を射貫いてみせた。
こうしてゴブリンの群れを全滅し、プレイヤーたちは初めての戦闘を経験したのだった。
璃音:魔物討伐数二体
雅哉:魔物討伐数二体
征司:魔物討伐数二体
シェリアイ:魔物討伐数一体
ひかり:魔物討伐数一体
一葉:魔物討伐数一体
唯我:魔物討伐数ゼロ
*
あれから魔物との遭遇戦は無く、日が落ちたところで一行は進行を中断し、野営を行うことにした。キャンプテントや松明など野営に必要な道具も全プレイヤーに初めから備わっていたため、苦労なく夜を過ごすことが出来そうだった。
「こういうところもゲームと一緒なんだよなあ。ありがたいっちゃありがたいけど」
キャンプテントから離れたところで、唯我は見張りを兼ねて、筋トレや折れた鍬を使った素振りなど自主練を行っていた。見張り役は彼の他、シェリアイもいる。
「ふっ、はっ、ほあっ」
柄だけの鍬を振りながら、唯我は冒険初日のことを振り返ってみる。突拍子もなく異世界に飛ばされ、ゲームマスターとかいう謎の仮面男(?)にミッションや
「ちっ、くそ………!」
苛立たしげに鍬を振り下ろしたところで唯我は素振りを止め、額の汗を乱暴に拭う。強い戦闘職を授かり、雑魚の魔物を狩りまくって、初日から華々しいデビューを飾るつもりだった。
それが実際は最弱の非戦闘職を授かり、一人で雑魚の一体すら倒せないという体たらく。
一方で璃音や雅哉など戦闘職を授かったプレイヤーたちは苦労することなくゴブリンたちを少なくとも一体倒していた。一葉やひかりの例外もいたが、彼女たちもいちおうは魔物の討伐に成功している。
今日で魔物を討伐出来なかったのは唯我ただ一人だけである。
「くそっ!あの陽キャ野郎が止め刺しさえしなければ……っ」
シェリアイの呪文でゴブリンの動きを止めたところまでは良かった。ところが後から駆けつけた雅哉が加減を誤ってゴブリンを討伐してしまったのだ。
あまつさえ「俺がいなかったらやられてたかもな、感謝しろよな!」と感謝の押しつけまでしてきたものだから、唯我は「あ、コイツ無理だわ」と雅哉に対し完全な見切りをつけた。
それ以前からも唯我は雅哉のことが気にくわなく思っていた。雅哉は実家が地方の金持ちで、現実世界では大学に通いながらも遊びにも全力で打ち込むタイプ。友達と合コンを開いては女子によくアプローチをしていたとか。
異世界でも璃音やシェリアイに対し早々にアプローチを行い戦闘でも魔物を討伐して彼女らにアピールするなど、下心を十分に見せている。
そのくせ彼の戦闘能力はプレイヤーたちの中でも高く、初級にしては高威力の魔術が扱えるのだから、嫌悪感は募る一方だ。
そんな雅哉に望んでもないのに助けられた形になったものだから、唯我の機嫌はすこぶる悪い。明日魔物と戦うことがあったら、今日と同じ轍を踏まないよう灰村さんにあらかじめ相談しておこう、そう決意する。
「ふう……これくらいの鍛錬で、能力値は上がったのかな」
深呼吸とともに雅哉に対する怒りを吐き出し、見張り中の鍛錬の成果が出たかどうか確認してみる。
―――六ツ川唯我―――
職業:汎用職人 ランク1
LP
150
体力
115
筋力
125
耐久力
115
反射性
100
精神力
120
技巧
180
――――――
身体能力値は職業によって上下される。例えば剣闘士の璃音や武闘家の征司など近接戦型は筋力がかなり高く(璃音は200以上、征司は300近くあった)振られており、僧侶であるシェリアイは耐久力と精神力が彼らの中で一番高い(どちらも300超え)。
また雅哉のような魔法使い系統、シェリアイの僧侶系統の場合
唯我の能力値は技巧を除けば他のプレイヤーたちと比べて低い方。とはいえプレイヤーになった時点で身体能力は既に現実世界の一般人を凌駕している。
(ただでさえ非戦闘職のせいで初期能力値が低いのに、今日俺だけ魔物を討ち損ねたせいで経験値が得られず、みんなとの差がさらについてしまってんだよな)
魔物を倒したり鍛錬を行ったりすると経験値が得られ、身体能力の上昇さらには職業のランクアップにもつながる。特に魔物を倒すことで得られる経験値は多く、低級魔物でも普通の鍛錬よりも得られる。
それだけに今日の魔物討伐のの失敗は唯我にとってかなりの痛手。せめて見張り中の鍛錬で差を埋めようと奮起したが、成果は渋い。
せっかくゲームと変わらない世界に飛ばされて、自身のゲーマーとしての経験が活きると思っていたのに、現実は自分が最弱職、他人の支援が無ければ雑魚にすら苦戦してしまう。
能力の不平等さや己の非力さに、唯我は只々悔しい思いをしていた。
(一二時間鍛えて、上がった数値は5%程度かよ。くっそー、弱すぎんだろ職人。
はあ……見張り交代までまだ時間あるし、もうちょっとやるか)
今日の損失分を埋めるべく鍛錬を再開しようとしたところ、同じ見張り役のシェリアイが話しかけてきた。
「見張り中に鍛錬とは、唯我は努力家だね」
「灰村さん」
「みんなが呼んでる通りシェリーで良いよ。親しい人はそれか風香って呼んでいる」
「じゃあ、風香さん。別に俺はそんな努力好きってわけじゃないですよ。俺だけ弱いままだとミッションの失敗につながるかもしれないんで」
「今日の魔物討伐こと、気にしなくていい…とまでは言わないけど、気負い過ぎないようにね。それだけ言っておきたかったんだ」
「今日会ったばかりなのに、結構気にかけてくれるんですね」
「そういう性分なんだ。元の世界でも後輩や君くらいの年下の子に世話を焼くことが多くてね」
「そうなんですね。ところで、風香さんに話しておきたいことあるんですけど、聞いてくれますか?」
唯我は明日以降また魔物と遭遇した際、シェリアイに協力してもらえるよう頼んでみた。
「そういうことなら是非協力しよう。唯我の頑張りを無駄にしない為にもね」
「ありがとうございます」
冒険が始まってから約五日経ったところで、唯我たちはミッションの一つであるマシロタウンの訪問を果たした。
「おっし!これでミッション二つ達成!」
「期限までまだ五日くらいあるし、これなら楽勝そうっすね!」
そう言って雅哉とひかりはテンション高めのハイタッチを交わした。二人が言った通り、町に辿り着くまでに唯我や一葉を含む全員は既に、ミッションの一つである指定された数の魔物討伐を達成していた。
期限まで残り120時間を切ったところで、クリアすべきミッションは残すところあと一つとなった。