「――はあっ、はあっ、はあ……!」
唯我は走った。一心不乱に走り続けていた。
「はあっ、はあ…っ(死んでたまるか!俺が死んだら、終わる!!ミッション失敗=死。俺たち全員の死=ミッション失敗…!
だから、今は何としてもアイツから逃げきらないと…!)」
後ろを振り返ることなく、唯我は森の中の来た道を引き返していた――
*
数分前。唯我たちは町長が示した森の地点に辿り着き、そこで彼が出した依頼の標的である魔物、マグナグリズリーと遭遇した。
シェリアイが立てた作戦通り、近接戦型の璃音と征司が前に出て、二人がかりでマグナグリズリーに打ち込んだ。その際シェリアイが
これで二人が魔物を力業で討伐出来るなら良し。そうでなくても二人が足止めしている隙に雅哉の魔術で仕留められる。
そう思っていた一同だったが―――
「ぐは……!?馬鹿、な…っ」「う………そ」
プレイヤーたちは、マグナグリズリーの…中級魔物の戦力を完全に見誤っていた。征司は鋭利な爪で引き裂かれ薙ぎ払われ、璃音は固く握りしめられた拳で叩きつけられ、背骨などを砕かれた。
「璃音ちゃん……ちくしょう!」『
激昂した雅哉が正面から魔術を撃ち込んだ。シェリアイの
ドンッッ 魔術を撃ってきた雅哉、その隣にいるひかりを次の獲物だと言わんばかりに、マグナグリズリーは地面を蹴り、二人目がけて飛び掛かった。
「ちょ!?うそだろ、速―――――」
近接戦闘においては完全に不向きな雅哉は、あっという間に距離を詰められたマグナグリズリーに為す術無く引き裂かれた。ひかりはどうにか逃げ延び、シェリアイと一葉のところまで後退していた。
「マジ、かよ………序盤で戦うレベルじゃないだろ、コイツ」
戦闘開始から僅かの時間でパーティの主戦力がやられてしまい、唯我たちは絶望するほかなかった。
(宇啓のやつは即死。金澤さんと野垣さんは風香さんのバフがけのお陰で辛うじて生きているけど、もうまともに戦えなさそう………マジでヤベーやつじゃねーか!)
マグナグリズリーが死体となった雅哉の肉を貪り喰らっている隙に唯我は璃音と征司の容態を確認し、怪我を少し治す木の実(唯我が町の畑にて職業スキル「農民」で栽培したもの)を口にさせるも、怪我は僅かしか治せなかった。
(こんなの……まともに戦って勝てる相手じゃねーだろ、どう考えても…っ)
あまりの戦力差に敵わないと悟った唯我は、シェリアイに撤退することを勧めた。
「風香さん、動ける人たちだけで一旦ここから逃げましょう!馬鹿正直に突っ込んでも全滅するだけだ!」
「私もそう考えていたところだ!全員、ここから撤退をするぞ!何としても全滅だけは絶対に避けなければならない!!」
シェリアイの同意も得たところで、早速離脱を試みる唯我だったが、その前にどうにか起き上がった璃音と征司に対し、二人を置いて行くことの謝罪を込めて頭を下げた。
「すみません、置いて行きます。二人担いで走れる程の筋力は無いんで」
「ああ……そうしてくれ。絶対に逃げ切ってくれ」
そう言って征司は未だ出血している胸に手をやりながら、マグナグリズリーへまた突っ込んでいった。唯我たちが逃げ切るまでの時間稼ぎを意図してのことだろう。
「足止めくらいなら、やってやるわ……。ゴメン六ツ川、この先あんたのこと守ってあげられない。一葉ちゃんにもそう言っておいてくれる?」
「分かりました」
「また敬語使ってるし……。じゃあ、上手く逃げてね―――」
そう言って璃音も征司に続いてマグナグリズリーに駆け寄り、がら空きの背中に剣を突き立てた。その獣皮は厚くて硬く、彼女の剣が深く刺さることはなかった。征司も全力の拳を打ち込むが、大したダメージは見られず、相手の怒りを買うだけとなった。
「私も残ろう。唯我と一葉とひかりだけでここから逃げてくれ」
「え、どうしてシェリアイさんまで……!?」
「今の璃音と征司だけでは、君たちが十分逃げ切る時間を稼げそうにないからね。私の呪文があればちょうどいい釣り合うはずだ。何より、こんな事になってしまった責任もあるしね」
「そんな……だからって」
狼狽える一葉とひかりだが、シェリアイの意志は変わらない。唯我にとっても正直ここでシェリアイを失うのはあまりにも痛手だと捉えている。
「唯我、後のこと全部任せるよ。二人のことどうか頼む」
(どうして、最弱職の俺に託すんだよ)
そんな疑問が顔に出ていたのか、シェリアイは微笑みながらこう答えた。
「唯我なら、このピンチをどうにかしてくれる……何となくそう思ったんだよ。
さあ、三人とも早く逃げるんだ!そして出来れば、この依頼も成し遂げてくれ」
そう言い残して、シェリアイはマグナグリズリーに向かって
「シェリーさん!!」
一葉が呼び止めるも、シェリアイは止まらなかった。そんな中唯我は既に来た道を引き返し、逃走を始めていた。
「あの子、私たちを置いて先に……!一葉さん、私たちも早くここから逃げるっすよ!」
「ひかりさん……でもっ」
「気持ちは分かるけど、私たちが残ってもどうにもならないっしょ!シェリアイさんたちの命を賭した時間稼ぎを無駄にしたら、彼女たちは犬死になるんすよ!」
ひかりの説得に一葉も逃走の決心をつけて、彼女とともにこの場から撤退して行った
*
「はぁ、はぁ………やっと、森を抜けられた」
璃音、シェリアイ、征司の足止めのお陰で、唯我は無事に森を抜けることが出来た。体力は底を尽きかけており、その場で倒れ込んで荒い呼吸を繰り返す。
しばらくそうしていると、目の前に初めてみる画面が映し出された。
(何だこれ……森で残ったプレイヤーたちの名前の後ろに、「死亡」って表記されてる。まさか、そのままの意味ってことなのか?)
プレイヤーが異世界で死亡した場合、生き残っているプレイヤーたちにその旨が伝達されるようになっている。『宇啓雅哉:死亡』といったように画面に表記される。
(宇啓のやつはともかく、野垣さんも灰村さんも……金澤さんも死亡表記されてる…。結局、3人とも
そこで唯我はふとあることに気付いた。残りの二人の名前の死亡表記が無いということに。
その証拠と言わんばかりに、残りの二人…一葉とひかりも森の入り口まで戻ってきた。
(なんだ、二人も無事に逃げ切れたんだ)
自分のことで精一杯だったあまり二人のことなど頭から抜け落ちていた。無事に生き延びて自分と同じように地面にへたり込んで呼吸を整える彼女たちに対し、唯我は「あ、生きてた」としか思わず、安堵といった気持ちは特になかった。
(つーか、生き残ったプレイヤーがよりによってこいつらなのかよ………)
森から脱出し生き残ったプレイヤーは、最弱職の唯我、戦闘慣れしていないひかり、そして戦いに免疫が無い一葉というメンバーだった。
(これ………普通に詰んでないか?)
唯我の顔が絶望に引きつった。残りの二人も同様の表情をしていた。