唯我が手で合図をすると一葉は近くの岩陰に潜み、ひかりは寝ている
(作戦その1、敵の寝首を搔く。文字通り寝込みを襲って一気にケリをつける。
ドシンプルだけど有効手段だ。これで終わることに越したことは―――)
唯我と一葉が見守る中、ひかりは標的との距離をじりじりと詰めていく。
『―――――ガッ』
あと10mくらいまで詰めたところで、マグナグリズリーの意識が覚醒。飛び起きて周りを見回す。
「うぇ――っ!?頑張ってなるべく音を立てないようにしてたのにーーー!耳良すぎっしょこの魔物!!」
泣き言を上げながらひかりは即座に標的からの退避に移った。マグナグリズリーがひかりの接近を察知出来たのは、その頭部に生えてある器官…角のお陰。角に備わってある感知能力――こちらに害意を向けた者に対し本体に信号が送られる仕組みだ。本体が寝ている時でもその器官は常時発動している。
(作戦その1、失敗。次…作戦その2―――)
背を向けて走るひかりにマグナグリズリーは獰猛な唸り声を上げて、ナイフのように尖った爪が生えた手で攻撃の意思を向ける。
「おーい!こっち見やがれ、デカ熊ぁ!!」
そこに唯我が背後から大声を上げて、マグナグリズリーの注意をこちらに向けさせにかかった。彼の狙い通り標的は唯我の方に顔を向けた。
「(しめたっ)そらあ!!」
魔物がこちらに目を向けた瞬間、唯我は手にしていた小さな玉を標的目掛けて投げ飛ばした。何の脅威も無いと判断した大熊は、振り向きざまにその玉を手でぺチンと叩いた。
(かかった―――)
不敵な笑みを浮かべながら唯我は下を向いて目もつむった。直後、マグナグリズリーに叩かれた玉から、強烈な閃光が発生した。
唯我が投げた玉の正体は、彼の職業スキル「調合」でつくった閃光玉だった。閃光ホタルという虫を材料につくったアイテムである。
『ガ………ッ!?』
思わぬ
(今だ―――!)
岩陰にいる一葉に唯我が手で合図を送ると、それを見た彼女は構え続けていた弓矢でフラフラ状態のマグナグリズリーに狙いを定める。
(―――ここ!!)
照準が定まった瞬間、一葉から矢が放たれ、マグナグリズリーの頭目がけて一直線に飛んでいく。彼女の狩人スキル「精密射撃」の恩恵、さらにここ数日の鍛錬と魔物狩りで身体能力値とスキル性能が上がったこともあって、命中率は高い。フラフラしているとはいえ鈍化している標的を射るのは、彼女であれば容易なこと。
(あの弾道なら
唯我が勝利を確信しようとしたその時、ギンと金属が弾かれたような音が鳴った。
「そ、そんな……っ」
標的の頭部を射貫くはずだった一葉の矢は、マグナグリズリーの頭部の角に阻まれてしまった。フラフラ状態で不規則に頭部を振っていたことで、予期せぬ失敗を招いた。三人は落胆・悲嘆といった反応を見せた。
(角さえ無けりゃ、殺れてただろうな…くそっ!作戦その2も失敗………)
閃光で目を眩ませてる隙に一葉の弓矢で仕留めるという作戦その2も、失敗に終わってしまった。そしてマグナグリズリーが閃光玉による怯み状態から復帰し、その元凶である唯我に目をつける。
「やっべ、俺狙われてる―――っ」
前回の戦闘でこの大熊が非常に俊敏な動きをすることが分かっている唯我は、即座に背を向けて逃げる。職業が昇格したことで筋力(敏捷性)が上がってるお陰で、以前よりも走る速さは上がっている。
とは言え、筋力がこちらよりも圧倒的に勝っている相手を振り切ることなど出来るはずもなく、あっという間に距離を詰められてしまう。
「六ツ川君――っ!」
一葉の声が上がると同時にマグナグリズリーの殺傷威力が乗った右手の薙ぎ払いが襲った。
ボコォ――ッ 「が………っ」
爪撃による裂傷は免れたものの、強烈な打撃をくらった唯我は宙を舞ってしまう。
(痛って……骨折れてるわこれ!つーか高っか……っ、この高さだと死ぬレベル…!)
横腹の痛みに悶えるどころではない状況に顔を青くさせる唯我だったが、飛ばされた方向に目をやると墜落死を回避する方法を思いつく。
「こういうの作っておいて良かった!とど、けーーーぇ!!」
全プレイヤー共通に備わっている性能の一つ、アイテムボックス機能を開き、そこから鉤爪付きのロープを取り出し、飛ばされた方向にある木を狙って鉤爪を引っかけにかかった。
唯我はふっ飛ばされた衝撃を上手く殺し、木の枝に引っかかったロープにぶら下がった。
(ぶっつけ本番だったけど、上手くいった……!)
一命をとりとめて安堵する唯我だったが、それも束の間。マグナグリズリーは彼がまだ生きていることに気付くや否や再び地を蹴って、猛スピードで突っ込んできた。
「殺られてたまる―――っかよ!!」
握りしめたロープを前後に揺らして自身を振り子にして勢いをつくり、マグナグリズリーの攻撃に合わせてロープを手放し、空中ブランコを真似た動作で敵の攻撃を回避してみせた。
再び高所からの落下となる唯我だったが、今度は身体が自由に利かせられるお陰で高所落下
(こういう事を想定した受け身の練習、しておいて良かった………)
平然とした顔で立ちあがった唯我だったが、心臓バクバクさせていた。
「す、凄い………」
「あの子、いつの間にあんな曲芸出来るようになってたんすか」
唯我の生還に安堵しつつも彼の身体操作(運動能力)に驚く二人。そんな彼女たちに唯我は発破をかける勢いで呼びかける。
「作戦その3、いきます!!」
唯我の号令に二人は気を持ち直して、陣形を組み替えに動いた。二人とも彼が飛ばされたところ…高い木がたくさん生えている所に移動すると、それぞれ木の上に跳び移った。
どちらも機動力に長けた職業であることが幸いし、難無く木の高い位置に移ることに成功。
二人とも高所に移ったのを確認したところで、唯我は三度目のアイテムボックスを開き、小粒の白い玉をいくつか取り出した。
マグナグリズリーはというと、未だに唯我にヘイトを向け続けていた。
(何となく予想はしてたけど、コイツは一度狙った獲物は完全に仕留めるまで追い続けるタイプだ。その証拠に、二人が木に跳び移っている間もずっと俺を睨んでるしな)
獣の眼光を自分にのみ向け続けてくるマグナグリズリーに唯我は恐怖心を抱きつつも、相手がこちらの思い通りに動いてくれてほくそ笑んでみせた。
(いくぞ!作戦その3―――)
マグナグリズリーが攻撃を仕掛ける前に、唯我は手にしていた白い玉を地面に思い切り叩きつけた。すると辺り一面に視界を遮る白い煙幕が充満した。唯我を引き裂こうとしていた大熊は、突如視界が不明瞭になったことに驚き、頭を右往左往させていた。
作戦その3…唯我特製の煙玉(高濃度の霧が出る木の実を材料に作った)で敵の視界を奪う。ここまでは先ほどの作戦その2と同じと言える。
この作戦の致命的な欠点は、マグナグリズリーだけでなく唯我自身も視界が奪われてしまうこと。
(煙幕の中でも目が利くゴーグルがつくれれば良かったんだけど、今のランクじゃまだつくれなかった………だけど―――)
しかし「チーム戦」での戦いならば、その欠点は解消される。
(いた―――!)
(あの大きな影っすね―――)
予め高い位置に移っていた一葉とひかりからは、煙幕の中で蠢く巨体の影が見えていた。
(まずは、私から……!)
それぞれ別の木にいるため言葉を交わすことが出来ない二人だが、どちらが先に攻撃をするかは前以て決めていた。先に攻撃を仕掛けたのは一葉―――先程の作戦同様、弓矢による狙撃。
ドスッ 『グオオオオオオッ』
矢が刺さる音と魔物の悲鳴が順に上がった。一葉の攻撃は命中した――が、大熊が倒れる様子は見られなかった。標的の位置は影から捉えられてもその急所の正確な位置の目視までは出来ないため、仕留めるまでには至らず。
(ここで私の出番ってわけっすね!!)
一葉の攻撃で標的がまだ倒れてないのを確認したところで、今度はひかりが接近し、標的の討伐に向かった。影から敵の位置を捉え、そこ目がけて飛び降り、標的に肉薄する寸前でショートソードを全力で突き立てた。
『ガアアアアアアッ』
「よし、刺さったっす!」
分厚い獣皮を貫いて肉を刺した感触、標的の悲鳴を聞いたひかりは手応えを得た。
「ダメ押しっす―――でやぁあああああああ!!」
ショートソードを両手で握りしめ、下方向へ刃を振って、肉を切り裂いた。
「館野さん、どこ刺したか分かりますか!?」
「感触からしてたぶん、お腹掻っ捌いてやりましたよー!これ、イケたんじゃないっすかね!!」
唯我の問いかけにテンション高めの弾んだ声でそう答えた。ひかり。
(館野さんの言った通りなら、これでアイツを本当に仕留められ―――)
唯我の頬が緩もうとしたその時、怒りが混じった獣の唸り声が彼の耳に届いた。それは一葉、ひかりの耳にも届いており、ひかりは表情を凍りつかせていた。
そして唯我の煙玉による煙幕が晴れ、彼と標的の姿が露わとなる。二人の攻撃が当たらないよう木の真下でうずくまっていた唯我。
そして、
「グルルルルルル……ッ」
左目に矢が突き刺さり、腹部正面から血を流しながらも二本の後ろ足で立っているマグナグリズリー。
(作戦その3でも、仕留められなかった―――っ)