「ウソ、でしょ?まだ立ってられてるなんて……っ」
ひかりが漏らした声にマグナグリズリーが反応、彼女に狙いを定める。そして彼女目がけて左手を扇のように振るった。
「ひかりさん、危ないーーーっ!!」
「ひぃ、くっっそーーー!!」
回避が間に合わないと悟った彼女はライトシールドで防御するが、
バギャ ザシュウ…ッ 「か、は……っ」
防具・身体の耐久力がともに不足していたことで防御は失敗、ひかりの体が大熊の爪によって切り裂かれた。
「………!!」
深手を負って倒れた彼女を、一葉は木の上に立ったまま呆然と見ていた。その一方で唯我はひかりに注意を向けているマグナグリズリーの隙を突くべく、行動に移って画いた。
(六ツ川君……?ひかりさんを助けようと?)
そんな予想をした一葉に対し、唯我がとった行動は、
「館野さん、
一言そう断りを入れて、ひかりのショートソードを手にした。だった。半ば放心している一葉をよそに唯我は、「こっちだバーカ!」と声を張り上げ、大熊の脇腹に剣を突き刺した。
『ガギャア!?』
唯我の三度にわたる不意打ちにマグナグリズリーの注意が再び唯我に向けられた。
「そうだ、お前にとって俺はこの中でいちばん鬱陶しい奴だろ!?ほらぼさっとしてんな!そんな死体同然の女なんて放っておいて、俺を殺しにきたらどうだよ、でくの坊!!」
通じてるか分からない煽り文句を上げながら、唯我は森の深いところへ走っていった。彼の言葉が通じたかどうかは不明だが、意図は伝わったらしくまんまと乗せられた大熊は彼を引き裂かんと追跡を始めた。その間で一葉は木から飛び降り、瀕死のひかりに駆け寄った。
「ひかりさん、すぐに手当てを………」
「い、いい……っすよ。これでひとまず死ぬのは回避出来そうなんで」
弱弱しい返事とともにひかりは手にしていた唯我が収獲した回復木の実を口に入れ、傷口に布をやって出血を抑えた。唯我が剣を持ち出した際、彼女の手元に木の実を握らせておいたのだ。
「一葉さんも、行って。あの子一人でもイケるかもしれないっすけど、きみもついてた方が勝率もっと上がること間違いないっすから………」
ひかりの後押しに一葉はそれでも逡巡していたが、最終的には唯我の後を追うことにした。
「どうか、死なないで………!」
そう言い残して一葉も深い森へ走って行った。
「ったり前っす………こんな世界で死んでられるかっての。ていうか私がここまで体張ったんすから、ちゃんと討伐してよ?
特に六ツ川くん……きみさぁ、最初から私たちのこと―――」
*
「はあっ、はあ………っ」
唯我は走り続けていた。真っ直ぐに、時には木の合間を縫ってジグザグに走って、標的を翻弄し続けていた。
『グウオオオオッ』
雄叫びを上げながら唯我を追い続ける
(まだ負けが確定してない戦況だ。詰んじゃいない、こっから巻き返してやる…!)
足を一段速めて逃げ足の速度を上げる唯我だが、ただ逃げてるわけではない。全速力で走りながらもアイテムボックスを開き、液体が入ったビンを後ろの地面に叩きつけ、中身をぶちまけた。
そこにマグナグリズリーが突っ込んだところ、こぼれ出た液体に足を滑らせ、思い切り転倒した。
(特定の植物から作った液体潤滑剤だ!そして、ここが狙い目だ――!)
潤滑剤で足をもつれさせバタついている標的に、唯我はひかりから借りたショートソードで敵の急所を切り裂いた。上級職人スキル「料理人の目利き」で生物の体内の構造が分かる彼にとって、急所の位置把握など容易であった。
(くっ、館野さんのように深くまではいけねーか。でも、これでさらにダメージ入ったはず!)
攻撃を終えたところで一旦下がり、呼吸を整えて体力を回復させる。そのすぐ後に怒りで眼が血走ったマグナグリズリーが唯我に殺意を向ける。
「たった今思いついた、作戦その4――」
唯我は再び走り出した。潤滑剤から立ち直った大熊も彼を殺そうと追い始める。
(敵を疲れ果てさせて、弱ったところを一気に叩く!それまで根比べといこうぜ!!)
直進を続けていたところで突然左に曲がる唯我。後を追って曲がろうとした大熊だったが、木に激突してしまう。一葉の矢で左目が失明したことで、左の視界が利かなくなっているのだ。
「隙みっけ!」
怯んだところを唯我は接近し、剣で相手の足を切り裂いた。腱を切断し機動力の弱体化に成功。そしてまた距離をとって、逃げに徹する。
(アイツの動きも読めてきた。移動は直線的、攻撃は前足での薙ぎ払いと噛みつき。適切な距離さえ確保してれば、攻撃はくらわない!加えて出血とスタミナの消耗でかなり弱ってきてる………もう少しだ!
あとは俺自身が立ち止まらなければ、体力管理さえミスらなければ、勝てる!)
マグナグリズリーの動き・攻撃の規則性を把握した唯我はその後も相手の接近と攻撃を躱し続け、隙を見つけては剣で傷を負わせて離脱し、逃走。ひたすらその繰り返しだった。
彼が初めての異世界でここまでやれたのは、似たような経験を積んでいたから。ただしそれは現実ではなく、ゲームの中での話。こういった世界観での冒険、こういった敵との戦闘は小さい頃から何度も遊んできた。
異世界でもやることはほとんど同じ。敵の動き、攻撃パターンを記憶し、その対策を練って、最適な対処法を導き出す。あらゆるアクションゲームを遊び尽くした唯我にとって、そんなことは当たり前のことであり、命が懸かったこの状況下でもそれは機能していた。
(正直…宇啓、野垣さん、金澤さんが先に動いてもらって助かった。お陰でアイツのモーションをある程度予測出来て、その後じっくり対策が練れたから。
だから、こんな戦い別に三人で一丸となってする必要なんて無かったんだ)
連携しようって考えがそもそも間違っていた。二人と協力するのではなく、二人を利用してやれば良い。
―――
――――
―――――
「そろそろ、終わりにしようぜ………」
あれから1時間以上。唯我は体力切れを起こす前に足を止めて息を整えながら、後ろ足を引きずり腹部から血を流し息も絶え絶えのマグナグリズリーに悪い笑みを浮かべてみせる。
体力の回復を挟みながら逃げていた唯我と違い、ずっと彼を追い続けていた大熊の体力はほぼ尽きかけている。
(ようやく
体力が戻るのを待ちながら勝ちを確信した唯我だったが、その笑みはすぐに崩れることとなった。
「なっ!?もう動けるのかよ…!?」
こちらの想定よりも早く体力を戻したマグナグリズリーが力を振り絞り、唯我との距離を一気に詰めてきた。そして既に必殺の薙ぎ払いの構えをとってもいた。
(マズいマズいっ!回避しようにも俺の足じゃ間に合わない!館野さんみたいな盾での防御も無理。
ここまできて、脱落―――)
唯我の脳裏に死がよぎったその時、振り上げていたマグナグリズリーの右上腕に、背後から飛んで来た一本の矢が突き刺さった。それにより大熊の攻撃は阻止されたのだった。
(國崎さんか!ナイス、やれば出来るやつ!!)
この好機を逃すまいと唯我は残る体力を振り絞り、アイテムボックスを開きリーチが長い手づくりの槍で後ろ足をもう一本突き刺した。直後マグナグリズリーの背中に一葉がもう一本放った矢が刺さった。
前のめりに倒れ苦悶に呻く大熊に、唯我はひかりのショートソードの剣尖を首筋に当てる。
「死ねえ!!」
獣皮を突き破り首を深く刺し貫くと、マグナグリズリーは短い悲鳴を残して、ようやく死に至った。
「はぁ、はあっ………やっと、討伐出来た……っ」
ショートソードから手を放しその場で仰向けに倒れ、勝利と達成感に浸る唯我だった。
「六ツ川君、倒したんだよね…?」
「はい。見ての通り、完全に死んでます。心配なら自分で確認してみたら?」
そう提案する唯我に一葉は首をぶんぶん横に振った。血と死に対する耐性はまだ低いようだ。
「さっきの、腕への狙撃ナイスでした。あれが無かったら俺死んでました。ありがとうございます」
「あ……う、うん。六ツ川君が魔物の注意をずっと引き付けてくれてたお陰で、上手く狙えただけで……」
「まあ、俺を殺してる隙に首や頭を射貫いて仕留めるって手段もありましたけどね」
「私は……そんなやり方でミッションを達成したくないです!仲間を死なせずに勝てるに越したことないから」
仲間……一葉にとって唯我も「仲間」の枠に入っている。ただ彼の場合、一葉は仲間というより、「協力プレイヤー」という認識に過ぎなかった。
片方にはあって片方には無いもの。それは―――
その後、二人は置き去りにしていたひかり(何とか一命はとりとめている)と合流し、標的を討伐したことを伝えた。
そのことに喜ぶひかりだったが、怪訝な表情へ切り替わる。
「あれ?依頼の魔物は討伐したんすよね?ならどうしてミッション達成の通知がこないんすか??」
ひかりの疑問に二人もそう言えばと違和感に気付く。
「もしかして……町長に魔物を討伐したことを報告しないと、達成したことにならないんじゃあ」
「うぇ、マジっすか?倒したんだからもう達成したことでいいじゃないっすかー」
弱弱しい声で抗議の声を上げるひかりだが、そんなことを言っても状況は変わらない。未だ重傷の身である彼女を介抱している一葉を見た唯我は、
「それじゃ、俺がサクッと依頼達成の報告して行くんで、二人はこの場所で待機しててください」
マップ画面をのある場所を指しながら淡々とそう告げると二人を置いて、マシロタウンへ引き返して行った。