(六ツ川君って初めて見るタイプの人だったなあ…。あと、ちょっと怖いかも。ああいうの何て言うんだっけ?
闇が深い、人……?)
そこそこ空いてる電車の座席に座る一葉は、ついさっき別れた唯我のことを少し思い浮かべていた。
一葉にとっての六ツ川唯我という人間は、最初はただの影の薄いクラスメイトにすぎなかった(本人には知り得ないことだが唯我の方も彼女のことを空気扱いしていた)。教室では基本的に無口、誰ともつるんでるところを見たことも無い。
異世界に飛ばされてなければ今日も彼とは何の接点も無いまま、この一日を終えていたことだろう。
皮肉にも異世界のお陰で一葉は唯我のことを少し知ることが出来たのだった。
もっとも、複雑な気持ちが無くもなかった。戦闘面に関しては頼れるのだが、少し苦手なタイプでもある。以上が一葉の唯我に対する暫定評価だった。
同時刻 璃音もまた帰宅中、電車乗車中、異世界について色々考えていた。
(なんか、夢でも見ていた気分。あたし、仮とはいえ一回死んだんだよね…。
一葉ちゃんとひかりさん、そして六ツ川があのデカい熊を倒してくれてなかったら、あたしはこうして元の世界に帰れず、本当に死んでた………)
そうよぎった途端、ゾッと寒気がした。嫌な汗が背中にジトっと浮かんだ。
(六ツ川、一葉ちゃん、ひかりさん……あの三人は私が守ってあげないとって思ってたのになぁ。逆に助けられちゃった。なんかダサいなぁ、あたし)
中でも唯我の活躍がいちばん印象に残っている。最弱職の身でありながらもスキルでつくったアイテムを活かし、知略を巡らせて奮闘し、自分たちを亡き者にした敵を倒したのだ。
(あいつは、六ツ川は弱くなんかない、『強い人』だ。一葉ちゃんも、苦手なことを一生懸命克服していた。みんな守られるだけの存在じゃない……。
次回は、六ツ川や一葉ちゃんも頼っちゃおうかな)
その後、今回のミッションのことで一葉たちにお礼を言いたくなった璃音だったが、連絡先が分からないため断念せざるを得なかった。
多くの謎を残したまま、唯我たちの異世界冒険はひとまず終わった―――
それから一週間経ったが、唯我たち選ばれしプレイヤーは異世界召喚の予告を受けることなく、現実世界での日常を過ごしていた。
(あれから色々考えたけど、分からないことだらけだな。あの世界が何なのか、
午前の授業、黒板に板書された文字をノートに書き写しながら、唯我は異世界について思考していた。
(そもそもあの世界って、本当に別の次元にある世界なのか?あんな非科学的現象が別の星でも起こるとは考えにくい。それこそよくあるファンタジーの世界とか。魔物も
自分たちが飛ばされたのは別次元のリアルな世界ではなく、デジタルあるいはバーチャルでつくられた仮想の世界なのでは……と推測する。
(何で俺が選ばれた?俺だけじゃない、他の六人もそうだ。世界を救出してほしいんだったら地球上の強い人間トップ10の奴らを召喚すれば良かったはず。なのに俺みたいな普通の高校生に大学生、社会人、ましてや國崎さんみたいな戦闘力皆無な人まで……)
格闘技、武道、武器の達人、スポーツのメダリスト、抗争慣れしている裏社会など…単純な戦闘力を基準とするならそういう人間を選ぶのがセオリーと言える(武術の心得がある征司だけはそれに当てはまっていると言える)。
(年齢はバラバラ、元々の身体能力・戦闘能力も選別基準じゃないのだとしたら、一体何を基準に俺たち七人を………)
午後の体育の授業。唯我は不本意にも周りから注目を浴びてしまった。異世界で向上した身体能力をうっかり披露してしまったが原因である。
クラスメイトからは「あいつあんなに運動出来てたっけ?」「今までずっと中の下とかじゃかなかった?」「つうか存在感無さ過ぎて誰だったかも覚えてなかったわ」などと好奇の視線を向けられ、やらかしてしまったと反省し、彼らの視線を煩わしく思う唯我だった。
「國崎さん、足速くなったよねー!」
「ボールも遠くに投げられるようになってるし!でも國崎さんって手芸部だったよね?最近何か運動部と兼部したの?」
「あ、えーと……兼部とかはしてないです(どうしよ、一週間で運動が上達したらみんな不審に思うよね………)」
一葉もまた、クラスメイト(女子)たちから注目を浴びてしまっていた。この後体育教師から運動部に入らないかと誘われた二人だったが、どちらも丁重に断ったのだった。
その日のホームルームを終え放課後。唯我にちょっとしたトラブルが舞い込んできた。
「なあお前、六ツ川とかだったよな?俺たち今から遊びに行くから、代わりに黒板消しと教室の鍵閉めといてくんない?あと日直日誌もよろしくやっといて、俺の代わりに」
茶色に染めた髪の男子生徒が唯我の机に鍵と日誌を無造作に置いて、そんな頼み事をしてきた(押しつけてると言った方が正しい)。
(はぁーあ、異世界の考え事で居残って、さっさと帰らなかったのが災いしたな)
体育の時とはまた違う感じの面倒事に巻き込まれたことに、唯我は内心うんざりしてため息をこぼす。彼の席には日直の仕事を押しつけてきた男子の他、ネックレスに派手な柄のシャツの男子、そしてその二人とは違い整った髪、クラス女子で一番もてはやされているイケメン男子…
同じクラスのカースト上位にあたる陽キャ集団に、唯我は絡まれていた。
「いや、そんな理由で日直の仕事押しつけないでもらえます?外せない急な用事とかだったら引き受けますけど(だとしてもそこは友達のそいつらに回すだろ普通)」
「っはー出ましたー敬語喋り!相変わらず陰キャくん丸出しでマジウケる!」
「やめろって
「いやでもよ緒方ー、平日に一度あるか無いかの貴重な部活休みなんだから、一秒でも早く遊びに行きてーじゃん?でコイツは万年帰宅部で時間有り余ってるわけじゃん?じゃあ別に代わってもらってもよくね」
「断る。自分の仕事くらい自分でやってもらえます?」
茶山と呼ばれた茶髪の男子に、唯我はズバッと言い放った。