「は……?なになに虚無ツ川くん、ちゅーちょ無く正論かざして断ってくんじゃん?」
相変らず見下した笑いをする茶山だが、その目は笑ってなく不愉快そうな顔つきとなっている。
「なんかお前、今日の体育でくそ活躍してたけど、それで調子に乗っちゃってる感じ?」
「体育の話とか今関係あります?ただ当たり前のこと言ってるだけなんですけど。とにかく俺はあんたの代行をする気は無いんで」
冷淡にそう返すと唯我は鞄を手に椅子から立ち上がる。
「だぁかぁらぁー、それが調子に乗ってるつってんの!」
笑顔が消え憤った表情となった茶山が、唯我の行く手を塞ぐ。ネックレスと派手柄シャツの男子もそれに同調する。緒方だけは後ろに立ったまま二人に制止を呼びかける。
「おいその辺にしとけって。今回は六ツ川が正しいんだからさ」
その言葉が、唯我の神経に障り、気が付けば緒方に敵意の眼差しを向けていた。
「今回は…って何?先週の日直だって、俺が声かけなきゃいつまでも駄弁り続けてたよね?」
「あ、いや。今のは言葉が滑ったというか……六ツ川も落ち着いて――」
「うぜーんだよお前ら。クラスにもてはやされてれば何でも許されると思ってるお前のことも、前からずっと気にくわない」
自分に向けて放たれた唯我の剣呑で棘がある言葉に、緒方は無意識にたじろいだ。
「で、他の二人に至っては秀でたところなんて一個もない、そこのイケメン君と仲が良いだけが取り柄の雑魚じゃん。
髪と服装を目立たせデカい声で喋ってるだけで、人の上に立った気になってる痛い奴らで………」
「オイ、いい加減黙れよ。マジでシメんぞ?いつもボッチで虚無ってばかりの陰キャ雑魚が」
「はいはい図星。そうやって人のガワだけ見て内面まで知った気になって、いちいち他人と上だの下だの比べてるお前の方がずっと雑魚………」
その時怒りの咆哮とともに茶山が殴りかかってきた。余裕で避けられる攻撃だが、唯我は敢えてそれを受けた。振るわれた拳が頬にめり込んだ。
「お、おい!?」
緒方は焦った声を上げ、唯我に傷を負わせた茶山を咎めようとする。が、当の本人はビクともしてなかった。唇が僅かに切れて血が微かに出てはいるが、転んでおらずむしろ平然としている。
「痛ってぇ……(異世界の力を引き継いで強くなってるとはいえ、こんな奴のパンチでも痛いものは痛いな)」
そんな唯我を見た緒方たち、
「……先に手出したの、そっちだからな?」
確認をとるようにそう言った唯我の剣幕に、茶山がたじろいだ。その隙にもう一人が突っ込んできて、大振りに殴りかかった。今度は冷静に見切って、飛んでくるパンチを手で逸らしす。
そしてバランスを崩した相手に唯我は強烈な腹蹴りをたたき込んだ。
「が………っは!?」
血が混じったよだれを吐いて激痛にうずくまる男子に、二人とも呆然としていたが、このまま終われるかと茶山の安いプライドが唯我への攻撃に再び走らせた。
「陰キャの
脛を狙ったローキックを、唯我は手のひらで受けた。茶山の顔が苦痛に歪む。蹴った方が痛いことに困惑してるところに、唯我の膝蹴りがその顔面に叩き込まれた。
鼻血を散らして倒れようとした茶山を唯我はその髪を掴んで止め、もう片方の拳で顔面にもう一発入れた。
「もう分かったと思うけど、暴力で俺をどうこう出来ると思うなよ?それでもまだやるってんなら、手加減無しでいきますけど」
そう脅し文句を述べて指を鳴らしながら六ツ川が歩を進めたその時、緒方が割り込んできた。
「む、六ツ川!その辺で勘弁してやってくれ!俺たちが悪かった!」
床にうずくまり伸びている茶山たちを庇う形で唯我の前に立ちはだかり、喧嘩の仲裁と同時に謝罪を述べた。彼はこのクラスの陽キャグループのトップと言っていい存在だが、一応はまともな部類ではある方ではあった。
「うん、いやまあそうだよね。理不尽を押しつけて侮辱して、さらには先に殴りかかってきたんだから、あんたらが悪いのは言うまでもないんですけど」
唯我の緒方を見る目はまるで、道端に転がってる虫の死骸に一瞥を向けるもの。あるいは異世界に限った話だが、ランク上げの作業として狩っていた下級魔物に向けるもの。
つまり、何の脅威にもなり得ない
その冷たい眼差しに緒方は背中に汗を垂らした。
(他人を見下して楽しんでいる時点で、こいつらは俺の敵。自分が強者だと勘違いして、他人のことばっか下に見てる、悪意を持ったバカな雑魚)
茶山たちにも同様の一瞥をやった後、唯我は自身のスマホ画面を緒方たちに見せつける。
一つ目は茶山たちとの会話内容の録音再生。茶山が唯我に日直仕事を押しつけ、侮辱的発言を放ったところも録音されていた。
そして二つ目が、茶山が唯我を殴った動画。それを見た緒方が顔色をさらに悪くさせる。
「俺がそこのバカ二人に暴力振るったことを先生にチクる気ならどうぞご自由に。その代わり俺もこれ全部先生…いや、この場合警察が良いのか?とにかく大人の人たちに提出するんで」
唯我としては別に高校を辞めても構わないと考えている。今の時代、大卒・高卒でなくともお金を稼ぐ方法はごまんと存在するし、それ以前に本人に進学・就職に対する興味が希薄だったりもする。
故に彼はこの日この時何の躊躇もなくこの方法を選択した。
「け、警察は本当に勘弁して欲しい……。先生たちにもこの事は言わないで欲しい。俺たちも六ツ川のこと絶対に言わないから!」
ピッ 唯我のスマホから機械音が鳴った。緒方がたった今発した言葉は全て録音されていた。
「はい、今のもしっかり録っときました。そっちから破ったらこっちもやり返すんで、そのつもりで」
「わ……分かった。二人にも俺が後でちゃんと―――」
唯我は緒方を押しのけると、仰向けで倒れたままの茶山の胸倉を掴んで、無理やり起こして目を合わさせる。
「おい、俺の声聞こえてる?今の話聞いてた?次また今日みたいな理不尽を押しつけようとか、今まで俺にやってきた不愉快なイジりとかしてきたら、今度こそ社会的に終わらせてやるからな?ついでに痛い目に遭わせる」
唯我の暗く冷たい瞳に覗き込まれながら聞かされた警告に、茶山は顔を怯えで引きつらせ、壊れた人形のように頷くほかなかった。
「よし……じゃ、今後はもう俺に関わらないで下さいね?学校行事とか止むを得ない事以外で俺への干渉は一切しないように。あんたらの方から何もしない限りは、俺の方から何かすることは無いんで。最後に、日直の仕事とかその怪我の言い訳とか、あんたらで色々上手くやっといて下さいね。それじゃ、俺はこれで」
一方的な中国を終えると唯我はすたすたと教室から出て行った。彼がいなくなったところで、緒方はその場でへたり込んだ。
(な、何だったんだあの「目」は……。接点が無く仲の良い関係じゃないとはいえ、クラスメイトに向ける目じゃないだろ、あれは………)
六ツ川唯我は、あんな奴だったか?教室ではいつも一人でゲームをして誰とも喋らない陰気な奴だったはず。ついさっきのような一面を見せたことは、今まで一度も無かった。
今日の彼からは、上手くは言えない何か……底知れない「闇」が感じられた。
少なくとも今日はっきりしたことは、ああいう奴には今後決して関わってはならない、ちょっかいを出してはいけない。ということだった。