少年を連れ、首都に戻ったセイザとタクマ。
セイザは首都に父親がもつ屋敷があるが、王宮にも部屋をもらっている。一方タクマは、本来ならば騎士団の宿舎に入る立場だ。しかし勇者を支える存在であることや、セイザと共に騎士団を離れて行動することも多いため、セイザの部屋の近くの部屋を貸してもらっている。
二人はルオンを、とりあえず王宮のセイザの部屋に連れていくことにした。セイザの部屋のほうが広いし、使ってはいないものの、専属の使用人を置くための寝室などもある。つまりルオンの居場所も作れると判断したのだ。
しかし王宮に入って分かったのは、少年はセイザとタクマ以外の人間を警戒するということだった。王宮に入る際、慣れぬ場所では危ないからと、タクマが少年を抱いていた。しかし誰かがセイザやタクマにあいさつをしたり話しかけてくると、ルオンはまるですがりつくようにタクマの服をつかみ、顔を隠そうとするのだ。
廊下でたまたま出会った近衛隊長とセイザが話していると、隊長がふとルオンに目を止めた。
「そちらの少年は?」
ルオンがビクリと身をすくませて、タクマにしがみつく。
二人は知らぬことであったが、少年は村では「目が見えない、気味が悪い子」として嫌われていたのだ。その上、声も出せぬと分かると、犯人も分からず訴えもされないからと、暴力をふるわれたり、突き飛ばされたりもした。実際には少年には、相手の足音や呼吸音、匂いなどで誰なのかは分かっていたが、それを伝える手段はないし、訴えたところで「見えないのに分かるはずがない」と無視されるに決まっている。目が見えないため素早く逃げることもできず、ただ耐えるしかなかったのだ。光をもつセイザとタクマのことは不思議と信じられたが、他の人は、いつまた酷いことをされるか分からなくて、怖かったのである。
セイザもタクマも少しおどろいたが、タクマはだまって少年の背中や頭をやさしくなでた。タクマは隊長に向かって小さく首をふり「今はその話はしないでほしい」と表情だけで伝えた。
少年は知らぬことであったが、少年のそんな仕草もまた、二人にとっては少年を手放したくないと思わせるものになっていた。ここに戻ってくるまでの間、馬に触れさせたときや、甘味を食べさせたときの、驚きに満ちた少年の笑顔。そんな笑顔を見ながら、二人は思ったのだ。少年に、もっといろいろなものを体験させてやりたい、もっとたくさんの笑顔を見てみたいと。少年が笑顔で過ごせるならば、何でもしてやりたいと思うほどだった。
翌朝、二人はとりあえず神殿に顔を出すことにした。神殿がいっていた祝福の情報は得られなかったことの報告と、少年の行き先についての相談があったからだ。少年は、タクマが抱いている。神殿に行くと言ったとき、なぜかは分からぬが少年はおびえた顔をした。けれどもタクマに抱き上げられると抵抗はせず、大人しくその腕の中に収まった。
三人が神殿に着くと、すでに神官が待ち構えており、すぐに大神官の執務室へと通された。扉を開け、中に入った三人を目にした大神官が言う。
「おめでとうございます。無事、祝福と出会われたようですな」
その言葉にセイザとタクマは顔を見合わせた。
「いや、私たちは……祝福に関する情報を得られなかったのです」
セイザはそう言ったが、大神官は静かに首を振った。
「いえ、その少年が『祝福』です」
「はい???」
セイザとタクマの声が見事にかぶった。
大神官にうながされ、セイザとタクマは執務室のソファに腰掛ける。二人は少年も座らせようとしたが、少年は小さく首を振った。セイザは思う。座れと強く言えば、少年は彼の言うことに従うだろう。この数日いっしょにいて分かったのは、少年は見た目の年齢のわりに賢く、大人しいということだ。セイザやタクマが言うことをよく理解し、すなおに従う。タクマもまた「子どもっていうのはふつう、もう少しワガママをいうんだが……」と顔を曇らせていた。そんな少年がわずかに見せた抵抗の意思。それを切り捨てるわけにはいかない。そんなわけで、少年は、タクマのひざの上に収まった。少年はまるで隠れるように、タクマの胸に顔を伏せてじっとしている。
大神官がローテーブルを挟んで三人の向かい側に座り、下働きの神官が茶の準備をする。
テーブルの上に茶や菓子が並べ終わると、大神官は下働きの神官を下がらせた。
「彼が祝福とは、どういう意味ですか?」
セイザがたずねる。大神官は真面目な顔でうなずいて答えた。
「申し訳ありません。私も祝福がいかなる姿をしているかまでは分からなかったのです。ですが、お二人がお連れになったその少年を見て確信しました。彼の中には祝福の光が存在します」
その言葉に、少年がぎゅっと身を縮こまらせた。タクマには少年がおびえる理由が分からない。タクマは、少年の気持ちをほぐしてやろうと、焼き菓子を少年の手に持たせようとしたが、少年は首を振った。少年はいつもなら、食べ物を渡すとすぐに口に詰め込んでしまう。それなのに食べ物ですら拒否するとは、相当の重症だ。眉を寄せつつ、タクマは大神官に尋ねる。
「中に光?……それならこいつは、俺たちと同じなのか?」
勇者とその仲間は、内なる光をもつといわれている。そして今、それに該当しているといわれているのは、セイザとタクマのみだ。この少年も同じような存在なのかと聞くタクマに、大神官は首を振った。
「光の種類が少し異なるのです。セイザ様やタクマ様の光は、ご自身を照らし、それを通じてあまねく世を照らすもの。しかし彼がもつのは、お二人の光をより強くし、助けるものです。だから祝福とよばれるのです」
セイザとタクマは顔を見合わせた。この少年に出会ったとき、はじめて会ったにもかかわらず、不思議と離れがたい気持ちになった。それは彼が祝福だったからなのかもしれない。
そして大神官は言った。
「その子は、お二人と共にあるべき存在です。どうかお手元に置かれますよう」
その言葉に、少年が神殿に入ってからはじめて顔を上げた。