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第11話

「これで私と君は、名の兄弟になったな」

 セイザが笑う。実はセイザの名前を付けたのも、大神官だったからだ。同じ神官から名前を授かった者たちは名の兄弟とよばれる。そのため、養子などを引き取った際に、引き取った子の名付けを実子の名付けをしてくれた神官に頼み、血のつながりの代わりにすることもあるのだ。

 さらに、少年……いや、ルオンは知らぬことであったが、実は大神官自らが子どもに名前を授けるのは、実にめずらしいことだった。神殿の中でも、どの職位の神官が名前を授けるかは、子どもの家柄や寄付金によっておおむね決まる。セイザに名前を授けたのは、大神官ではあるが、それでも当時は彼もまだ大神官の補佐だった。

 サイゼとしてはルオンの名付けに寄付金を惜しむつもりは全くなかったが、それでもまさか大神官自らが名前を授けるとは思っていなかった。目線で寄付金についてたずねるセイザ。しかし大神官は「必要ない」というように、静かに首を振るだけだった。


 三人が帰ろうとすると、大神官が自ら三人を見送りに出てきた。

 セイザとタクマと挨拶を交わした大神官が、タクマの腕の中のルオンに目をやる。そうして大神官は、ルオンの前で、手のひらを上にしてゆっくりと手を開いた。見えていないはずのルオンの視線が大神官の手のひらに落ちる。

「ルオン様……あなたには、これが見えているのですね?」

 大神官の言葉に、ルオンの背中がビクリと跳ねた。あわてたようにタクマの身体にしがみつき、顔を伏せて激しく首を振る。神聖力についてもそうだったが、ルオンにとっては、魂の記憶のせいで、自分に特別な力があると知られるのは、とても怖いことだったのだ。

「ルオン、どうした? 大丈夫だ」

 タクマがなだめるが、ルオンは震えて縮こまるばかりだ。セイザが視線で大神官に説明を求めると、大神官は静かに頭を下げた。

「試すようなことをしてしまって、申し訳ありません」

 問うような顔をするセイザとタクマに対し、大神官が言う。

「ルオン様には、人の中にある光がお見えになるようです」

 大神官は今、自分の手のひらに内なる光を出現させたのだと説明した。この光は、魔を払ったり、人に祝福を与えることができるもので、セイザやタクマ、ルオンのように、ごく一部の人間だけがそれを持って生まれてくる。セイザたちは生まれながらにして大きな光を持っているが、神官は修行によってわずかに扱えるようになるのだと。とはいえこの光は、常人には見ることができない。大神官のように修行を積むことで見えるようになる者もいるが、修行を積んでも見えないままの者も多い。ルオンは目が見えないが、そういう光は見えているのだろうと大神官は言った。

 そう言われてみれば、はじめて会ったときも、ルオンは目が見えないのにも関わらず、セイザとタクマに向かってまっすぐに走ってきていた。内なる光は見えているのなら、ルオンの目にもセイザとタクマがいた場所が分かっていたのだろう。

「ルオン様がこの光をご覧になれるのは、ご自身が祝福の光をお持ちだからでしょう」

 そう結論付ける大神官。

 大神官は、まだ震えているルオンの手をそっと取ると、その手の甲に己の額を触れさせた。

「どうかルオン様の光で、お二人をお守りくださいますよう……」

 ルオンは逃げるように手を引き、タクマにしがみつく。その様子に大神官はどこか悲しそうな表情を見せた。



「ちょっと寄りたいところがあるんだ」

 神殿から出たところで、タクマが言った。

「ルオンとセイザは先に帰っていてくれ。夕食前には戻る」

「ああ……」

 あらかじめ分かっていたように、セイザがうなずく。抱えていたルオンをセイザに渡すと、タクマは神殿の向こう側に向かって歩き出した。ルオンは、セイザの腕の中でタクマが去っていった方向をじっと見ている。

「あっちには神殿の孤児院があるんだ」

 孤児院という言葉にルオンは少し不思議そうに首をかしげた。セイザが言う。

「タクマは孤児院の出身なんだ」

「……」

 おどろいたように目を見開くルオン。セイザは笑った。

「孤児院でもなかなかヤンチャだったらしくてね。……慈善活動で孤児院に来た公爵の目に止まったらしい。それで、騎士団の見習いにならないかと誘われたそうだ」

 見込まれたとおり、タクマは驚くべき速さで強くなった。そうしてタクマは見習いから小姓、騎士へと階段を駆け上がり、腕を買われて爵位も得た。

「タクマは私と違って、実力だけでのし上がってきたんだ。剣の腕もとてもいいし、強い。君に会ったとき、君を追いかけていた男を止めたのもタクマだった」

 ルオンがどこか感心したような顔をする。

「タクマはかっこいいな。それにやさしい」

 うなずくルオン。少し笑ってセイザは続ける。

「実は顔もとてもいいんだ。男らしいって言われて、人気なんだぞ」

 その言葉にルオンが少し笑った。

 タクマが慣れた様子でルオンの髪を切ったり、世話をしていたのは、孤児院時代に下の子の面倒を見ることも多かったからだろう。タクマが子どもの頃は、孤児院から神殿に忍び込んで遊ぶこともあったそうだ。

 セイザからそんな話を聞いて、ルオンはタクマが神殿でくつろいだ空気をまとっていた理由がなんとなく分かったような気持ちがした。

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