目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話

 翌日、セイザはミハイルの元を訪れた。どこかから、セイザが医師を呼んだ話も聞いているのだろう。セイザがやって来ると、ミハイルはすぐに人払いをし、セイザに対して「すまなかった」と頭を下げた。そうして改めて「あの子のことについて聞かせてほしい」と言った。

 ミハイルの部屋の応接ソファに腰掛けて、セイザはうなずく。そうして少し声を落として言った。

「ここから先の情報は、少し注意深く扱ってほしい」

 真面目な顔でミハイルがうなずく。セイザは膝の上に肘をつき、指先をかるく組んで話しはじめた。

「ルオンはどうやら私たちの祝福になる子どもらしい」

 その言葉にミハイルが軽く眉を上げる。

「先日私たちが神殿から言われて『祝福』を探しに行っていたのは知っているだろう? そこで会ったのが、あの子だった。ただ……彼が祝福だということは、もうしばらくは伏せておきたい。私だけでなく、大神官やタクマも同じ意見だ」

 ミハイルはただうなずいて、セイザに先をうながした。

「理由は二つある。一つ目はルオンの『人見知り』、もう一つは彼自身の自由のためだ」

 セイザの含みのある『人見知り』という言葉にミハイルはうなずく。

「何かワケがありそうだな」

 セイザがうなずいた。

「ルオンは人買いのところにいたんだ。どうやら親に売られたらしい。ルオンの様子から見て、親もあの子をかなり酷く扱っていたようだ。なぜか私たちは信頼してくれているようだが、基本的に人をとても怖がる」

 ミハイルは、昨日見たルオンの様子を思い出す。彼はミハイルに対し、やたらと怯えた様子を見せていた。さらに額にはまだ消えていないアザがあったし、シャツからのぞく首筋や手首も枯れ枝のように細かった。裕福な生まれの子ではないのは、一目で分かったが、思っていた以上に事情が悪いようだ。

 納得がいった様子のミハイルにうなずいて、セイザが言う。

「『人見知り』の一部は、あの臆病さだ」

「一部……か。他は何だ」

 ミハイルが問うと、セイザはさらに声を落とした。

「あの子は、目が見えないし言葉も話せない」

 その言葉にミハイルはさすがに目を見開く。しかし同時に、昨日ルオンがしたあいさつの理由もわかった。

「……なるほど、それで『人見知り』か」

 うなずくミハイルに、セイザは軽く肩をすくめる。

「まあ、マナーや作法が全然できていないのも事実ではあるんだが……」

 目が見えない自分の子どもを虐待したり人買いに売るような親だ。身の周りのことを教えることもしてこなかったのだろう。勇者の祝福だと知られれば、嫌でも人の注目を集めてしまう。今のままでは、いくらセイザとタクマに守られていても、よからぬことを企む人間が出たり、厳しい目を向けられてしまう場面も出かねない。

 ミハイルもセイザの意見に同意するしかなかった。

「確かに今の状態では、あの子が祝福だと公表するのは難しそうだ。もう少し『人見知り』が何とかなるまでは、人前にもあまり出さないほうがいいだろう」

 セイザが重々しくうなずいた。


「それで? 彼の自由についてはどういう考えなんだ。まさか何も聞かずに連れてきたわけじゃないだろう?」

 ミハイルはため息をひとつ吐き、いったん気持ちを切り替えてからたずねた。セイザがゆるく首をふる。 

「私たちと来るか、どこかに養子にでも行って静かに暮らすかは、一応すでに聞いてはいる」

「それなら、もういいじゃないか」

 ミハイルの言葉に、セイザはジロリとミハイルを睨んだ。

「本気で言っているのか?」

「……」

 思った以上に怒気を含んだセイザの視線に、ミハイルは気まずそうに目を逸らす。

「ルオンはまだ幼い。その上、今の彼にとって頼りになる大人は、私とタクマしかいない。そんな状態で選ばせたものに、何の意味がある」

 政治的な場面では、実質的には選択肢がない、一方しか選べない状況で選択を迫り、それを相手の選択だとするような場面はいくらでもある。セイザはセイザなりの誠意をもってルオンに選択をゆだねはしたが、状況を考えればそれと変わりはない。

 苦い顔でセイザが続ける。

「今はそれでもいいだろう。だけど、もう少し落ち着いて、ルオンにももう少し周りが見えるようになったとき、彼が私たちから離れて静かな暮らしを選ぶ選択肢を潰してしまいたくはない」

 ルオンがセイザたち勇者の祝福であると知られてしまえば、ルオンはセイザたちから離れることはできなくなる。世の平和や安全のためといわれ、本人の意志など無視したまま、魔物などとの戦いに送り出されていくだろう。セイザはその事態を避けたいと言っているのだ。

 セイザの気持ちは分かったが、ミハイルにはミハイルの考えもある。ミハイルは思わず頭を抱えてしまった。

「その問題は少し難しいな……。いつになればルオンの意志が『本物』だと思えるかという問題もある」

 ひとつ息をつき、ミハイルは続ける。

「ただ、どちらにしろ今は、彼が祝福であることは隠していくつもりなんだ。彼の意志についてはまた後で考えることにして……まずは当面の話しをしよう」

 ミハイルの言葉にセイザがうなずいた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?