セイザは腕を組み、考えるようにしながら口を開く。
「もう少し落ち着くまでは静かな環境で生活させてやりたい。やはり環境が変わって疲れているのか、今日もまだ熱が下がらずに寝込んでいる。できれば王宮ではなく、どこか静かな邸宅とかで生活できるといいんだが……」
そうしてセイザはミハイルを見てニヤリと笑った。
「王宮だと、どうしても人目につくし、昨日の誰かさんみたいに急な訪問者が来ないとも限らない」
「だからすまなかったって……」
勘弁してくれというように手を振ってミハイルは笑う。
「お前の家は……無理か」
うなずくセイザ。
「父もそうだが、特に母が社交的で、人の出入りが多いからな。あまり向かないだろう」
セイザの返答にうなずき、ミハイルは少しの間考えるような様子を見せた。ややあって、口を開く。
「パルウム宮はどうだ? おばあさまが晩年を過ごした小さな宮殿だ」
「ああ、あそこか」
ミハイルの言葉にセイザはポンと手を打った。
「私とタクマの出仕にも問題ないし、客も呼ばなければ来ない。よさそうだ」
ミハイルの祖母、つまり現王の母親は、歴代の皇后に比べると、やや低い身分の出身だった。皇后としては素晴らしい人物で、異を唱える声はあっという間に減っていったが、それでもやはり苦労は多かったようだ。晩年は貴族との交流をやめ、静かに暮らすのを望んだ。そこで現王は、王宮の裏に、必要最低限の暮らしができるような小さな宮殿を建てたのだ。それがパルウム宮だ。場所も王宮のすぐ裏だから、騎士として城に部屋をもらっているセイザやタクマにとっても今とほとんど変わらない生活ができる。
「父上がお前にあそこを貸したことにしておけばいいだろう」
ミハイルの父、つまり国王からみてセイザは甥だ。しかも皇太子とも仲がよく、国王から可愛がられているのも、貴族たちにはよく知られている。その上、勇者でもある。今は使われていない小さな宮殿を一つ貸したとしても、それほど不自然な話ではない。それからミハイルは、セイザに対してニヤリと笑って見せた。
「文句が出そうなら、お前の家が持っている邸宅を一つ、俺によこせ。そうすれば、その返礼ということで言い訳もつく。ラクス地方の別荘なんかどうだ?」
冗談めかせたそのセリフに、セイザはムッと眉を寄せる。
「あそこはうちの気に入りだ」
「知っている」
今度は、勘弁してくれという顔をしたのはセイザの方だった。互いに顔を見合わせ、少し笑う。しかし笑いを収めるとミハイルは次々と言葉を重ねた。
「使用人は最低限にして……教育係にもなる乳母と、護衛騎士を一人か二人つけよう。ルオンには教育が必要だし、お前たちだって仕事や立場がある以上、付きっきりではいられないしな。乳母はこちらで手配する。護衛騎士はお前が適任者を選べ。パルウム宮の方の準備も今すぐはじめよう。そうすれば体調が回復したら、すぐに移れる。長引くようなら早めに連れていって、そこで療養させればいい。あとは、非公式でいいから、父上への面会も必要だな。熱が下がったらでいいから、できるだけ早く会わせよう」
やはりミハイルは、解決策を出していくスピードが速い。セイザがほっとしながらうなずいていると、ミハイルがふと思い出したように言った。
「『祝福』だと伏せたままルオンをお前たちの側に置くなら、何らかの理由が要るな……俺の隠し子ということにでもしておくか?」
その言葉にセイザは飛び上がる。皇太子の隠し子などとなれば、政争に巻き込まれるのが目に見えていた。思わず焦ったセイザに対し、ミハイルは笑う。
「冗談だ」
セイザはため息をついた。
「笑えない冗談はやめてくれ」
そうしてセイザは少し考えてから言う。
「タクマの遠縁の子というのはどうだ? タクマの母親はかなり昔に亡くなっているし、つながりがある者もない。タクマが母方の親族の少し病弱な子を引き取ったということにしておこう」
その言葉にミハイルが「いいじゃないか」とうなずいた。
ミハイルの部屋を出るとき、セイザは言った。
「色々助かった。ありがとう」
しかしミハイルは苦い顔で首を振る。
「俺は、たった一人の子どもの幸せよりは、この国の未来をどうしても考えてしまう。ルオンにお前たちの側にいることを選び取ってもらうためには、あの子がお前らのそばで快適に過ごせるようにするのが一番だからな」
その言葉にセイザは複雑な顔をした。
ミハイルは皇太子だ。セイザに対してルオンを手元に置くよう命令ができるし、ルオンにも祝福として生きるよう命じることができる。そうと分かっていながらセイザの意見を尊重してくれたのは、ミハイルなりの気遣いがあるのは間違いないだろう。その一方で、今言ったような打算的な気持ちもある。それでもそれを素直に口にしてくれたのは、ミハイルの最大の誠意だとセイザは思った。
そしてセイザ自身の中にもさまざまな思いがある。ルオンを手放したくないという思い、勇者として国を守らなければいけないという使命感、ルオンには落ち着いた場所で幸せに暮らしてほしいという願い。それらが全てごちゃ混ぜになって渦巻いていた。