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第20話

 それから数日後、王宮で仕事をしているセイザの元に、部下が一通の封書を持ってきた。

「ありがとう」

 セイザは礼を言って軽く中を確かめると、タクマを呼び出し、タクマと共にミハイルの執務室をたずねた。迎え入れたミハイルは、セイザの表情から何かを察したのだろう。すぐに人払いをする。

 部屋の中に三人だけになると、セイザは言った。

「ルオンの両親が分かった」

 タクマとミハイルが目を見開く。

「ルオンを売っていた男は警備隊に逮捕させたんだが、取り調べの結果、ルオンの両親の名前も出てきた」

 セイザの言葉にミハイルの表情が硬くなる。

「……それで?」

 セイザはため息をつきながら、報告書をミハイルに差し出した。

「ルオンの両親は、死んだ」

 軽く眉を上げるミハイル。セイザが続ける。

「……ルオンを売って手に入れた金をめぐって、トラブルに巻き込まれたらしい」

「……」

 ため息のような息を吐き出しながら、ミハイルが椅子の背もたれに身体を預けた。

「これで、ルオンが『祝福』だと知られたあとに、自分たちが両親だと言って騒がれる心配はなくなったな」

 子どもを売るような親だ。もしもルオンの存在が広く知られるようになれば、親だからといって金品を求めたり、ルオンを取り戻そうとしたりするに違いない。タクマにもミハイルが言う意味はもちろん分かる。だがタクマは、それをただ「よかった」と処理してしまうのは嫌だった。とはいえタクマはここでミハイルに何かを言える立場ではない。ミハイルは一通り目を通した報告書をセイザに返しながら淡々と言う。

「念のため、親類なども調べておけ。ルオンについての対応は、お前たちに任せる」

 ミハイルとの話はそれで終わりになった。


 セイザの執務室に戻ると、セイザは言った。

「ルオンには、今夜伝えよう」

 タクマは驚いた。

「さすがに急なんじゃないか?」

 ルオンはやっとここでの暮らしになれてきたところだ。おびえたような顔をすることが減り、笑顔が少し増えた。両親の元に帰りたいとは思っていないだろうが、今ここで心の重荷になるような話をするのは不安が大きい。

「もう少し後でも……」

 タクマは言ったがセイザは静かに首を振った。

「大切な話だ。早いほうがいい」

 そうしてセイザは言った。

「私から話すから、そのときはルオンのそばにいてやってくれ」


 その日の夜、夕食が済むとセイザはルオンを部屋に呼んだ。セイザの雰囲気から、何かいつもと違うものを感じたのだろう、セイザの向かい側のソファに座らされたルオンは少し緊張した顔をしている。

「大事な話がある」

 そう言ってセイザは話を切り出した。

「実は私たちは、君を売ろうとしていたあの男から、子どもたちをどこから連れてきたのか聞いていたんだ。他の子のこともあったし、誘拐されてきた子もいたようだから」

「……」

 ルオンはセイザの話をじっと聞いている。

「そうしたら、君のご両親のことも分かった」

 ルオンが、となりに座るタクマの袖をぎゅっとつかんだ。タクマがルオンの背中を落ち着かせるようになでる。

「君のご両親だが……つい先日、亡くなられたそうだ」

 ルオンの見えない目が見開かれた。セイザは、できるだけ感情を込めないよう気をつけながら先を続ける。

「どうやら君を売った後、他の人と、ひどいケンカをしたようだ。それが原因で亡くなったらしい」

「……」

 ルオンは思い出す。彼がまだ家にいたころ、たまに誰かがやってきて、金を返せだの何だのと言い争ったり、何やら暴れているような音がすることもあった。きっとそういう感じなのだろう。とても複雑な気持ちだった。両親はもう追いかけて来ないという安心もあった。一方で、決していい親ではなかったものの、心のどこかで両親の愛情を求める気持ちもあって、それがもう叶わないのだという気持ちもあった。そして家に帰りたいとは思ってはいないものの、もしもここを追い出されたら、いよいよ本当に帰れる場所がなくなったのだとも思った。

 ルオンがそんなことを考えていると、セイザが言う。

「君とご両親の関係が、あまり理想的なものではなかったのは、私たちも何となく分かっている。だが、他でもない君のご両親だ。亡くなられたことは、とても残念だと思う」

 その声はとても真剣で、ルオンはセイザが心からその言葉を話しているのだと分かった。

「明日にでも、ここで見送りの礼拝を設けよう。ご遺体もないし、かんたんなものにはなってしまうが……」


 セイザの言葉の通り、翌日にはパルウム宮に付属する小さな礼拝室で、略式の見送りの礼拝が行われた。神殿から派遣されてきた神官が祈りの文句を述べ、ルオン、セイザ、タクマとソフィアがそれに合せて祈りを捧げる。

 神官の祈りを聞きながら、ルオンは兄たちが死んだときのことを思い出していた。まだ小さかったうえに、当時はまだ視力を失った混乱の中にあり、細かいことはあまりよく覚えてはいない。それでも母親が嵐のように泣き叫んでいたことは、はっきりと覚えている。


 ごめんね、とルオンは思った。

 ごめんね、自分だけが生き残って。

 ごめんね、お母さんたちをよろこばせてあげられる、いい子じゃなくて。

 ごめんね、お母さんみたいに悲しめなくて。

 そうして思った。

 それなのに、今があまりにも幸せだから。

 祝福としての重荷を背負うくらいで、きっとちょうどいいのだ。


「思っていたより落ち着いていたな」

 礼拝を終えた後、タクマが言った。実際、彼らが心配していたほどにはルオンは取り乱したりせず、その日はいつもと同じように過ごしていた。


 しかし夜になって事件が起きる。


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