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第23話

「ヘンリー! ルオン! 無事か?」

 セイザとタクマが駆けつけてきたのは、そのときだった。二人は、見知らぬ人物にルオンが抱かれているのを見て、ギョッとした顔をする。

「ヘンリ-、何があった?」

「えっと。ルオン様と逃げておりましたら、そちらの方がお助けくださったのですが……」

 ヘンリーの説明を聞きながら、タクマはその辺に転がるマイムーの死体に目を走らせた。どれも一撃で倒されている。つまりこの人物は、それなりに強いということだ。

「私の部下たちが世話になったようだ。礼を言う」

 軽く頭を下げ、セイザはルオンを受け取ろうと両手を広げる。

「いや、大したことはしとらん。この子もおったしな」

 そう答えた相手は、ルオンをセイザに戻そうとはしない。むしろルオンに頬ずりしそうな勢いで、腕の中のルオンを愛でている。セイザたちの元に来てから約一ヶ月。ルオンはパルウム宮の人たちにはだいぶ慣れたが、他の人にはまだ警戒心を見せる。アルボルまでの道中、他人から話しかけられたり触れられたりすると、緊張した様子でセイザやタクマの服をつかむ姿がたびたび見られた。それなのにルオンは今、まるでセイザやタクマに抱かれているときのように落ち着いた顔をしている。とはいえ、ルオンをいつまでも見知らぬ人に抱かせておくわけにはいかない。今は友好的に見えるが、態度が急変しないとも限らないのだ。

「ルオン。こちらに来るんだ」

 セイザが言うと、ルオンは抱っこを求めるようにセイザのほうに手を伸ばした。ルオンが動いたからだろう。今度は相手も素直にルオンを手放す。

「アンタ、ルオンっつーんだ。かぁわいいなぁ」

 セイザに抱かれたルオンの頭を、なおもしつこくなでる相手。ルオンも特に、嫌がる様子も見せない。めずらしいと思いつつ、セイザは言った。

「私の名はセイザだ。こちらがタクマで、世話になったのがヘンリー。ぜひ恩人のお名前をお聞きしたい」

 すると相手はパタパタと手を振りながら笑う。

「あー、そういう堅苦しいのはよしてくれ。自分はバイナ、ただの旅人で、このあたりをうろうろしとる」

「ただの旅人とおっしゃるには、ずいぶんと腕が立つようで……」

 タクマがそう言ったときだ。不意にぐぅぅぅという場違いな音がその場に響いた。思わずぎょっとするセイザたち。それはバイナの腹の音だった。

「あはは、悪いね。昨夜からメシを食いそびれとるもんで」



 幸いルオンもバイナを恐れてはいない。そこでセイザは礼を兼ねてバイナを食事に誘うことにした。

「ありがたく招かれとくわ」

 バイナもそう言ったためセイザたちは、バイナをアルボルの街にある、それほど格式張らない気軽なカフェに連れて行った。昨日、昼食を食べた店だが、店内の様子が分かっている分、細かいところに配慮しやすい。柱と間仕切りカーテンの陰になっていて、他の客からは見えにくい席を用意してもらい、食事を摂りながら主にセイザがバイナと会話を交わす。

「なるほど、森の向こうの遺跡に魔物が……」

「そ、ギルドの方に討伐要請が出とる。だもんで、まずは軽く偵察して帰ろうと思っとったのに、雨に降られたんだわ」

 それで足止めされて、帰りが遅くなり、食事をしそびれたのだとバイナは言った。そういえば昨日は夕刻からそれなりに強い雨になり、セイザたちは早めに宿に入ったのだった。

 遺跡に出るという魔物の話、バイナが偵察した結果など、セイザとバイナの間で交わされる会話。タクマはそれを聞きながら、ルオンのためのオムレツを切り分け、ルオンにスプーンの場所を教えてやった。こうすればルオンも一人で食事ができる。そうやってタクマがルオンの世話をしていると、バイナがじっとルオンを見つめた。セイザがそれに気づき、バイナの表情をうかがうと、バイナはニマっと笑う。

「それにしても、ルオンちゃんはかわいいなぁ」

「ああ。成長したら、貴婦人方から大人気になるだろう」

 真顔でうなずくセイザ。あいにくだがここには「親バカか」と突っ込む人間はいない。当のルオンは、言われている意味が分からないのか、あるいは単に腹が減っているのか、オムレツをもくもくと食べている。

「チェリーは好きか? 自分の分も食べていいぞ?」

 バイナが自分の皿に乗っていた、付け合わせのチェリーをルオンの方に差し出した。

「……」

 首をかしげるルオン。セイザたちに会うまでは、人から食べ物を譲ってもらうという経験はなかった。セイザたちに会ってからは常に十分に食べ物があったから、誰かの分をわざわざもらうという経験もなかった。ついでにいうと、ルオンの目にはバイナが差し出しているチェリーも見えてはいない。そのせいで、バイナの言っている意味が分からなかったのである。タクマが横から言う。

「バイナさんがチェリーをくれるそうだ。食べるか?」

 ルオンは少し考えてから、うなずいた。タクマがバイナからチェリーを受け取り、ルオンの皿に乗せる。そうしてタクマはスプーンを握るルオンの手を持ち、スプーンでチェリーに触れさせた。

「ここに置いたから、好きなときに食べるといい」

「……」

 にこっと笑ったルオンがバイナに向かって両手を合わせる。

「感謝しているそうだ」

 タクマがその仕草を翻訳してやると、ルオンがその通りだというようにうなずいた。

「……」

 その一連の流れを黙って眺めるバイナ。だが、特に何かを言うことはせず、再びセイザと当たり障りのない会話を続ける。そうしてそろそろ食事が終わる頃、不意にバイナは言った。

「そうだ。よかったら、アンタらも一緒に遺跡の魔物の討伐に行かん? ルオンちゃんも一緒に」

 その言葉に、ルオンがにこりと笑った。


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