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第24話

「で? どうするんだ?」

 バイナと別れ、戻った宿でタクマがセイザにたずねた。

「うん……」

「……というか、セイザ。あのバイナという男、何者だと思う?」

 しかし答えを返す前にタクマに質問を重ねられ、セイザはしばらく考える。

「ただの旅人ではないだろうな」

 タクマが気づいたのと同じように、セイザもバイナの腕が立つことにはすぐに気づいた。言葉づかいや態度はやや雑だが、食事をする姿には品があり、話題の選び方や受け答えに見え隠れする教養は、庶民というよりも貴族に近い。

「カルブ地方の有力者か何かだろうか……。見た目もそうだが、あの訛りは、カルブ地方のものだ」

 セイザの言葉にタクマがふうんと声を上げた。

「見た目は知ってたが、俺はああいう訛りを聞いたのは、はじめてだった」

「首都ではあまり見ないからな」

 今から二十年ほど前、つまりセイザたちが産まれるより少し前、カルブ地方と王国の間では小競り合いがあった。元々、中央とはあまり交流がなく、独自の政治が行われている地方だったが、自治権をめぐって争いがあったのだ。今は中央からの監視の下で自治を行ってはいるが、以前よりも閉鎖的になり、カルブ地方の人間が王国、ましてや首都まで来るのは非常にめずらしくなってしまった。

「カルブ地方の民だからといって警戒する理由はないが、ルオンをやたらと気に入っているらしいのは気になる」

 バイナは最初から妙にルオンに構っていた。その上、魔物の討伐にまでルオンを誘った。常識的に考えて、そんなものに子どもを誘うのは、あり得ないことだ。ルオンが祝福であることは、まだ限られた人間しか知らない。だから何らかの目的でルオンに近づこうとしているとは考えにくいが、それでもバイナの積極的な態度は、セイザたちに警戒を抱かせていた。

「そういえばルオンは、バイナさんのことは怖くないのか?」

 ふと思いついてタクマはルオンにたずねた。

「……」

 ソファの上でいつものぬいぐるみを抱えていたルオンがうなずく。そしてルオンは少し考える顔をした後、胸の前でぎゅっと何かを抱くような仕草をした。

「バイナのことが好きなのか?」

 ルオンはにこりと笑ってうなずいた。

「……」

 セイザはその表情を見ながら考える。それから静かな声でルオンにたずねた。

「ルオン。君にはバイナが……私たちと同じように『見えて』いるのかい?」

「……」

 ルオンの背中がビクッとはねた。セイザは、やはりそうだったのかと密かにため息をつく。好きなのかと聞かれてうなずいたときのルオンの顔に、少しだけ違和感を覚えたのだ。どちらかというと好いているのは確かなようだが、何かルオンが焦っているような気配を感じたのだ。それはまるで、ルオンが最初にセイザにしがみついてきたときのような切実さにも似ていた。

「大丈夫、ここには私たちしかいない」

 セイザは手を伸ばして、ルオンの身体を自分の膝の上に抱き上げる。

「君に何かの能力があるとして……もし君がそれを他に知られたくないというなら、それでもいい。私たちは必ず秘密を守る」

 大神官がルオンには内なる光が見えているのだと指摘したときも、ルオンはひどく怯えた顔をした。ルオンが祝福であることをいつまで伏せておけるかは分からないが、ルオンが自分の力を知られたくないと思っているならば、少なくとも今は、むしろ都合がいい。

「私たちにだけ教えてくれれば、あとは私たちが上手くやろう」

 ルオンが甘えるようにセイザ胸に頭をあずけた。その頭をなでながらセイザは続ける。

「そういえばルオンが最初に私たちのところに走ってきてくれたときも、君はまるで私たちが見えているかのように、まっすぐにこちらに向かってきていた。だから私は、もしかしたら今回も何かが見えたのではないかと思ったんだ」

「……」

 小さくうなずくルオン。もう一度その頭をなでてセイザは確認した。

「バイナは、私たちと同じなのか?」

 ルオンは今度は、はっきりとうなずいた。一連のやりとりを見ていたタクマが息を吐く。

「バイナが俺たちと同じなら、あいつがルオンをやたらと気に入ってる理由も分からなくはないか……」

 首をかしげるルオンの頭をなでてタクマは言った。

「俺たちはお前が大好きってことさ」



 ルオンが最初にそれを感じたのは、パルウム宮に移って少しした頃だ。最初はただぼんやりとした感覚。それをよりはっきりと自覚できたのは、両親のための見送りの礼拝の最中だった。まるで誰かによばれているような、不意にそんな気持ちになったのである。実際に音や声が聞こえるわけではない。けれども「こっちに来い」と言われているような、そんな気持ちになったのだ。

 夜にそれを感じたときには、部屋から駆け出していたらしい。昼間にそれを感じたときには、ぼんやりとしてしまっていたらしい。

 周りはルオンを心配したが、ルオン自身は特に気に病んではいなかった。よばれる気配はあるけれど、怖い感じはしない。会いたいとは思うけれども、いつか会えるという確信もある。それでも、もしできるならばよばれる方に行ってみたい。そんな風に思っていたところで、大神官からアルボルに行くように言われた。

 タクマかセイザ、たまにヘンリーの馬に乗せてもらいながら、何日かかけてアルボルの街に向かう。そうするうちにルオンは気づいた。不思議なことに、よばれている方に向かっているのだ。実際にアルボルの街に向かいはじめてからは、よばれている気持ちになることはあっても、ぼんやりとしてしまうことはなくなった。

 そしてヘンリーに抱えられて魔物の群れから逃げているときに、ついに見えたのだ。セイザやタクマと同じような光を。そしてまた同時に悟った。自分はこれによばれていたのだと。

「ケガはしとらんか」

 その光の持ち主も、セイザやタクマと同じように優しい声をしていた。手を伸ばしたら、ひょいと抱き上げられた。あたたかい腕。その人はバイナと名乗った。

 それからルオンは一人で一生懸命考えた。どうしたらバイナと一緒にいられるのか。どうしたらセイザたちに、バイナもまた光を持つ人であると伝えられるのか。幸いにバイナが遺跡での魔物討伐に誘ってくれたから、その間には何とかしたい。そう思っていたらタクマがたずねてきた。

「そういえばルオンは、バイナさんのことは怖くないのか?」

 怖くはない。だって、セイザやタクマと同じなのだから。むしろバイナの持つ光は、セイザやタクマのものよりも優しい。そして同時に、どこか寄る辺なく、ふわふわと漂うような気配も感じた。セイザやタクマが自分を抱きしめて安心を与えてくれたように、バイナにも安心をあげられたらいいのに。

 どう伝えれば、バイナと一緒にいたいと伝えられるか考え、ルオンは「好き」を表わす仕草をする。セイザもタクマもルオンの「好き」をとても大切にしてくれるから。しかしセイザは言った。

「ルオン。君にはバイナが……私たちと同じように『見えて』いるのかい?」

 ルオンは思わずドキリとした。その通りだったが、まさか見抜かれているとは思わなかったからだ。焦るルオンにセイザが言う。

「君に何かの能力があるとして……もし君がそれを他に知られたくないというなら、それでもいい」

 そうだったとルオンは思い出した。セイザはルオンが周囲から祝福としての使命を押しつけられないよう、気を配ってくれている。

 祝福として生きる覚悟はとうに決まっている。だけど、セイザたち以外からどう見られ、どう思われるのかを考えると、怖くて仕方がないのだ。守ってくれようとするセイザの気持ちがありがたくて、いつまでもこの腕の中にいたくなってしまう。

 ふわふわのぬいぐるみをギュッと抱きしめて、ルオンはセイザの胸に頭を預けた。


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