一方その頃、バイナはバイナで自身が滞在する宿の部屋でため息をついていた。
「あの子が……ねぇ」
バイナの感覚、いわゆる第六感とよばれるものは、常人よりもはるかに鋭い。かなり高位の神官と同じくらいの鋭さをもっている。だからルオンを一目見た瞬間に分かったのだ。ルオンの中にある、あたたかな光と、それにどうしようもなく惹かれている自分に。
「明日、来てくれるとええんだけど」
どうしても、もう少しルオンと一緒に過ごしたくて、気がついたらセイザたちを遺跡での魔物討伐に誘っていた。が、そんなところにあんな小さな子どもを誘うのは、非常識な話だ。セイザやタクマは来てくれたとしても、ルオンはどこか安全な場所に置いてくるかもしれない。
「……」
ルオンの目が見えていないことには、バイナもわりとすぐに気がついた。最初は、あんまりにも真っすぐに自分の方に向かってきたから、そうとは分からなかった。だが、セイザがルオンを受け取ろうとして手を広げていてもルオンはそれに気づかず、セイザに声をかけられて、ようやくセイザの元に戻ろうとした。その辺りから違和感を感じていたし、歩きにくそうな場所でタクマがすぐにルオンを抱き上げたときに、より違和感が増した。確信したのは、食事中だ。ルオンの行儀が悪いわけではない。あの年頃の子どもとしては、むしろ品がいいほうだろう。だが、スプーンやグラスを取ったり、食べ物をスプーンに乗せる際には、指先やスプーンの先で目標物を探る仕草を必ずしていた。
タクマはたたずまいからして、かなり強そうだ。セイザやヘンリーという青年もかなりの使い手だろう。とはいえ、いくら彼らでもそんな子どもを魔物討伐に連れてくるのは、むずかしいにちがいない。
「……まあ、あの兄さんにも興味はあるけどさ」
セイザの身分は、すぐに察しがついた。けれども当初思っていたのとは、少しイメージが違っていたため、興味を持った。マイムーの死体を見ただけで、自分の腕を賞賛してきたタクマにも少し興味がある。もしもルオンが連れてきてもらえなくても、あの二人と過ごしてみるのは、悪くはないのかもしれない。
でも……。
「……」
バイナは、己の左腕の腕輪にそっと触れた。複雑な文様が刻まれた、石造りの腕輪。継ぎ目がないこの腕輪は、幼い頃から常に身につけているものだ。手首を締め付けるほどではないが、身体が大きくなった後には外せなくなるように作られており、今のバイナには、それこそ手首を切り落としでもしないかぎり、外せないようになっている。この腕輪は、バイナの生きる道を示すものだ。
「ま、先のことよりも、まずは明日のことか……」
ひとつため息をついて気持ちを切り替えると、バイナはある準備にとりかかった。
翌朝、セイザたちはバイナとの待ち合わせ場所である森に向かった。ギリギリまでどうするか迷ったが、結局ルオンも連れて行くことにした。ルオンが彼らと一緒に行きたがったし、セイザにはセイザの考えもあったからだ。
「バイナの偵察の通りなら、私とタクマがいれば、さほど危険はないだろう」
とはいえ昨日のようなことが起こらないとも限らない。セイザが前衛に立ち、タクマが後衛として、ルオンとヘンリーもカバーできる状態で進むことに決めた。
「おはよー」
セイザたちを見つけたバイナがヒラヒラと手をふる。
「おはよう」
「ルオンちゃんも、おはよう」
ヘンリーに手を引かれたルオンの頭をなでるバイナ。それからバイナは自身のポケットを探ると、紅い石がついたペンダントを出した。それをルオンの首にかけ、長さを調整する。セイザは、バイナがルオンの首にかけたものを見て、目を丸くした。
「それは……まさか、護石か?」
「知っとったか。まあ急ごしらえだもんで、まあまあの攻撃を一、二回防いでくれる程度だが、お守りにはなるだろ」
ルオンは、バイナにかけられた護石を不思議そうに触っている。
「よう似合っとる。あんたにやるから、この先も持っとき」
あっけらかんと言うバイナにセイザはたずねた。
「その……いいのか?」
一般的に護石は高価なものだ。バイナがルオンに渡したのは、装飾品として加工されたものではなく、石を紐で結っただけのものであるが、そもそも護石自体が高いのだ。シンプルに見えてもかなりの値になるはずである。
「ええって、ええって。そんなんすぐ手に入るもんで」
バイナはそう言うが、そうかんたんには手に入らないから高価なのだ。おどろくセイザにバイナは、ニヤリと笑う。
「言っただろ? 『急ごしらえだ』って」
「……まさか!」
その意味を悟り、目を見開くセイザにバイナは笑みを深めた。護石が作れる者、それは魔法使いともよばれる者だ。昔は大勢の魔法使いがいたそうだが、いつの頃からか魔力を持つものが産まれにくくなり、今はその姿を見ることはほとんどない。だからこそ護石も、貴重で高価なものとして扱われるのである。
「ま、古の魔法使いみたいなエラい力は持っとらんもんで、そこは期待しんで」
おどろくセイザとタクマに、バイナはパタパタと手を振って笑った。