目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話

「はぁっ!!」

 セイザの剣がアルマドガトとよばれる猫のような姿をした魔物の体を両断する。身体の形は猫によく似ていて、頭の高さは成人の腿くらい。しかし表面を覆うのはフワフワの毛ではない。鎧のように硬い甲殻だ。強力な魔物ではないものの、猫と同じで動きが素早いうえに、攻撃が入りにくい、初級者泣かせの魔物である。

「へえ……やるじゃん」

 ひゅうと口笛を吹くバイナ。

「一撃で真っ二つか。見事なもんだな」

 剣を収めつつ、セイザは答える。

「大したことではない。そういう君だって、急所を一撃でとらえている。なかなかできることではないだろう」

「そりゃどうも」

 交わされる会話は友好的だ。あくまでも表面的には。だがその実、声音がどこか固い。きっかけは何だったか。たしかセイザの背後から向かってきたアルマドガトをバイナが剣で貫いたことにあるように思う。そのときバイナは言ったのだ。

「気ぃつけい……」

 と。

 そしてその直後、バイナの後ろから迫っていたアルマドガトをセイザの剣が両断した。

「あなたも、だな……」

 交わされる、セイザとバイナの視線。そこから二人は、お互いをライバル視しはじめたらしい。力を合わせているように見えて、どこかギスギスと互いの力を誇示するように戦いながら、二人は遺跡の奥へと足を進めていた。

「……」

 そんな空気を感じたのだろう、ルオンが戸惑うような、気遣うような視線をタクマに向ける。タクマはルオンの髪をくしゃりとなでて言った。

「大丈夫、ケンカしてるわけじゃない。二人とも、すげー頑張って戦ってるだけだ」


 セイザとしても、別に最初からバイナと張り合うつもりはなかった。バイナの友好的な態度の裏に、何か小さなトゲがあるのには、比較的早く気がついた。だが、わざわざぶつかり合う必要もない。ルオンが言うとおり、バイナもまた光を持つ者であるならば、できれば仲間になってもらいたいし、仮に最初は少しばかりギクシャクしても、誠実に接し続けることで相手の心を開かせることができるという自信もある。だから、まずは共闘関係を作って、少しでも信頼関係のようなものを作ろうと思っていたのだ。

 が……。

「……」

 気づけばムキになっている自分がそこにいた。思ってもみなかった事態に、セイザはそっと息を吐き出す。

「おつかれかい?」

 途端に飛んでくるバイナの言葉。普段ならば「気を使わせてしまって申し訳ない」くらい言えるのだろうけれど、なぜかその言葉にイラっとしてしまう。

「いや、問題はない」

 思わず出てしまった固い言葉に、セイザはもう一度、そっと息を吐き出した。


 と、そのときだ。不意にルオンがセイザに向かって手を伸ばした。

「どうした?」

 伸ばされたルオンの手を取るセイザ。セイザの大きな手の中に、ルオンの小さな細い手が収まる。

「……」

 ふわっと笑うルオン。

「!!」

 その瞬間、セイザはそこに外の風が吹き込んできたのかと思った。うっすらと感じていた息苦しさが消えて、心に落ち着きが戻ってくる。おどろいてルオンを見返したが、ルオンは何事もなかったかのような顔で手を引っ込めた。

「あ、いいなー。ルオンちゃん、自分とも握手してくれん?」

 見ていたバイナが声を上げる。ルオンがニコリと笑ってバイナに向かって手を差し出した。つながれる、バイナの手とルオンの手。それを見ていたセイザは、バイナの手が意外と細いことに気がついた。

 バイナの戦闘技術は高かった。セイザたちのように騎士としてしっかりと基礎から叩き込んだものではないし、筋力そのものはとても強いという印象ではなかった。しかしバイナは双剣での攻撃に合わせ、剣に属性魔法をまとわせる。最小の攻撃で最大の効果を与えるような戦い方だった。そんな戦い方が、この細い腕から繰り出されているというのは、セイザに驚きをもたらすものだった。

「ん、ありがと。ルオンちゃんはいい子だねえ」

 バイナにくしゃくしゃと頭をなでられたルオンが、うれしそうに首をすくめる。そんな様子を見ていれば、バイナが悪い人間ではないことはよく分かる。セイザはあらためて、ついさっきまで一体なぜそんなにイライラしていたのかと首をかしげてしまった。


 元々は観光客が訪れることもある遺跡だ。出てくる魔物も、さほど強力ではない。しかし……。

「なーんか『集まってる』感じがしん?」

 たずねるバイナ。セイザもうなずいた。

 遺跡の奥に向かうごとに、魔物の数が多くなっている。このような状況だからギルドに討伐依頼が出たのだとは思うが、魔物に出会う回数が、普通のダンジョンに比べて、明らかに多い。

「奥に何かあるのか……?」

 セイザは首をかしげた。魔物が増える原因は、いくつかある。中心に強力な魔物がいて、それが他の魔物を呼び寄せている場合もあるし、禍々しい遺物や瘴気の塊など、魔物が好む何かがある場合もある。そういう、何かいつもとは違うことが起こってしまっている可能性を考えたのだ。バイナが首をかしげ、剣の柄でトントンと己の肩を叩きながら答える。

「めっちゃマズいモンではないと思うがね。……何かありそうなのは確かかな」

 その言葉に、セイザはちらりとルオンを見た。奥に何かあるならば、ルオンを連れていくのは危険かと考えたからである。しかしバイナは首を振った。

「ルオンちゃんなら心配ないわ」

 問うようにバイナを見るセイザ。バイナは軽く肩をすくめる。

「魔法使いの勘さ。さっきっから、力の流れ……アンタらにも分かりやすい言葉を使うなら、オーラとかエテルとか、そういう名前がつくようなモンの流れが少ぉしだけおかしいんよ」

 強力な魔物がいるなど、明らかに危険そうなときには、力の流れがもっとハッキリと変化するのだとバイナは説明した。

「たとえて言うなら『悪いおまじない』みたいな、弱いもんが働いとる感じだ。だもんでめっちゃ危ないってわけじゃない。……たぶん、な」


 遺跡の最奥には、古代に作られた像と、それを奉る部屋がある。魔物を倒しつつ、その部屋へと入るセイザたち。ざっと中を見回して、セイザは言った。

「……見たところ何かあるわけではなさそうだな」

 古代の女神か何かなのだろう、ツタで編んだ冠と貫頭衣に身を包んだ女性の立像が台座の上でほほ笑んでいる空間。バイナが予言したとおり、強い魔物や遺物などがあるわけではなかった。セイザから見ると、ただ何となく息苦しいような、空気が重いような、そんな気持ちがする程度だ。バイナがうなずく。

「もし『悪いおまじない』があるなら、何か核になるようなもんがあるとは思うが……ちょっとハッキリせんな」

 ギルドの依頼は達成したのだ、放っておいても問題はないが、気にはなるとバイナは言う。すると、ヘンリーに抱かれていたルオンが、すっと手を上げた。その指が女神像の足元を指している。

「うん?」

 大人たちの目が女神の足元に向いた。バイナが意識を集中するように目を細める。

「あ……。これか」

 手を伸ばしたバイナが、女神像の足元にあった小さな石を拾い上げた。大人の手の中にすっぽりと収まってしまう程度の、小さな石。一見するとただの石に見えるが、その表面には何やら細かい文様が刻まれている。バイナはそれをルオンの前に差し出した。

「気になるのはこれかな?」

 ルオンがヘンリーの腕の中でコクリとうなずく。バイナはニコリと笑ってルオンの頭をくしゃくしゃとなでた。

「こういうのは不思議と子どものが鋭いんだよなー。おかげで助かった。あとは自分がちゃーんと処理するから安心しとき」

 バイナはそう言って、手の中に軽く力を込めた。それだけでバイナの手の中にあった石が粉々に砕け散る。純粋な力ではなく、何らかの魔法を使ったのだろう。

「これでホントの意味で依頼達成やな。魔物がこんな風に集まってくることは、もうなくなるだろ」

 塵になって流れていく石の残骸を見送りながら、バイナがそう言った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?