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第27話

 その夜、セイザとタクマ、それからバイナは、セイザたちが滞在する宿の食堂に集まっていた。ルオンは遺跡に出かけたことで疲れたらしい。夕食を食べ終えるとすぐにゆらゆらと頭を揺らしていたため、先に部屋に寝に行かせた。ヘンリーもルオンのそばに付いているのでここにはいない。そうして三人だけになると、セイザはバイナに改めて「話がある」と切り出したのだ。

 しかしバイナはセイザとタクマの顔を見ると、セイザが何かを言うよりも先にあっさりと言った。

「勇者のお供になれって話なら、自分は行けんよ」

 おどろき、目を見開くセイザとタクマ。一つ大きく息をついて気持ちを落ち着け、セイザは口を開く。

「……知ってたのか」

 するとバイナは「ははっ」と笑った。

「王国の小大公殿が栄えある勇者に選ばれた話なんか、国民のだいたいは知っとる。こんな辺境だって小公子殿の名前くらいは伝わっとるしな。……だからアンタがそうなんだとは、すぐに分かった」

「……」

 さすがに反論の余地がない。黙るセイザをなだめるようにバイナは肩をすくめる。

「ま、一番の確信につながったのは、ルオンちゃんだけどな」

 それからバイナは語りはじめた。バイナ自身が、かつて地方の小神殿で「勇者を助ける存在になる」と神託を受けたこと。魔法使いで力の流れには敏感なためか、ルオンが光を宿す存在であることにはすぐに気づいたこと。そして自分がそれに強く惹かれていること。そうしてバイナは言った。

「あの子は面白い子だな、浄化の力も使っとったし」

「浄化?」

 意外な言葉にセイザとタクマは首を傾げる。いわゆる高位の神官がそういった力を持つことは知っていたが、ルオンがそういった能力も持つとは思っていなかった。

「そ。遺跡で、イライラしとるアンタの手を握って落ち着かせとったやろ。気づいとらんかった?」

 セイザは素直におどろき、うなずく。

「……それは気づかなかった」

 あのとき、ルオンの手に触れたときに、外の風が吹き込んできたかのように感じた。あれがきっとバイナの言う浄化なのだろう。

「ま、意識してやっとるっていうより、おそらくは無意識だろうとは思うがね」

 椅子の背に身体を預けて息をつくバイナ。

「本音を言えば、アンタらと一緒に行きたいとは思うよ。アンタらにも興味あるし、ルオンちゃんにも興味あるしな……でも自分には自分の事情もあるんだわ」

「そうか」

 セイザはうなずいた。

「ならば強制はしない。われわれは概ね首都にいるし、事情や気持ちが変わったら王宮まで私を訪ねて来てくれ。それまでは貴方のことは周りには伏せておこう」

「へっ?」

 バイナが奇妙な声を上げる。セイザがあっさりと納得するとは思わなかったのだろう。

「そんなんでいいんか? もっとこう……権力にモノ言わせて無茶言うと思っとったわ」

 バイナがそう言うと、セイザは嫌そうに顔をしかめた。その表情にタクマが横でクスクスと笑う。

「安心しろ、コイツはそういうヤツじゃない。ルオンについても、あいつが自分の使命を理解した後に選択できるようにって気を回してるようなヤツだ」

「へえ……意外だったわ。ルオンちゃんの世話もずいぶん小まめに見とるから、そのまま抱き込んで、使う気でいるんだとばかり思っとった」

「……そんな風に見られていたとは心外だ」

 さすがにセイザが反論すると、バイナはケラケラと笑った。

「エラいヤツにも、そういう人間もおったんだな。勇者サマがそういうヤツで良かったよ」

 それからバイナは何かを考えるように、しばらくセイザを見る。そして少し真面目な声を作って言った。

「でもアンタ自身はどうなんだ。魔王と戦わなアカンのやろ? 仲間が増えんでええのか?」

 その問いに、セイザは軽く肩をすくめる。

「魔王と戦うのであれば、仲間は多いに越したことはないだろう。だが、使命だからとむりやり戦いに駆り出したとして、信頼ができなければ一緒に戦うのはむずかしい」

 そしてセイザは続けた。

「幸いにもタクマは来てくれると言ってくれているし。仲間が増えないならば、その分は、自分が戦えばいいだろう」

「……」

 しかしバイナは、その言葉にむずかしい顔をした。大きく息を吐き出して言う。

「アンタ、早死にしそうな性格しとるな」

 タクマは「わかる」とうなずき、セイザは嫌そうに眉を寄せた。


「ところでさっき、ルオンが無意識に浄化の力を使ったって言ってたが、あれはどういうことだ?」

 ふと思い出したようにタクマがたずねる。バイナは首をかしげ「んー」と考える顔をしてから答えた。

「ルオンちゃんは光、いわゆる高位神官みたいな力を持っとる。ただ……たぶんだけど、とんでもない才能も持っとる」

「才能?」

 聞き返すタクマに、バイナはうなずく。

「剣の才能がある子は、教えられんでも元から身のこなしが素早かったり、力が強かったりするやろ? それと同じだわ。魔法使いなんかでも、元から才能がある子は、ほとんど無意識にある程度の力を使いこなしたりする。たぶんルオンちゃんも、な」

「さすがルオンだな……」

 タクマはまるで自分が褒められたかのような笑みを浮かべたが、バイナはゆるく首を振った。

「今のうちに言っとくわ。……あの子は、たぶん王国でも稀なレベルまで伸びる力を秘めとる。気ぃ付けんと、すーぐ目ぇ付けられるよ」

 その言葉にセイザの眉がぎゅっと寄る。そんなセイザの表情に、バイナはちょっと笑った。

「もっと怖いこと言ったる。自分、さっきルオンちゃんのアレが無意識だろうって言ったが……もしも無意識じゃなく分かってやってたとしたら、どエラいことになるわ」

 バイナは言う。人は意識的に力を使おうとすると、どうしても力みが出る。しかしルオンが浄化の力を使った際には、一切の力みがなかった。無意識にやったのならともかく、もしもルオンが意識的に力を使っていたのだとすれば、ルオンはもっと凄まじい力を秘めていることになるだろうと。

「もしそうだったら、あの子の力は大昔の聖人レベルだわ」

 遠い昔には、浄化や祝福だけでなく、解毒や回復ができる神官がいたという。そういうレベルになると言うバイナ。

「さすがにそれは考えにくいもんで、おそらく無意識だとは思っとるがね」

 ため息をついてセイザは言った。

「われわれと来なくても構わないが。すまない、その話はどうか内密に……」

「わかっとる」

 バイナはうなずいた。


 そのときだ。ルオンのそばについていたはずのヘンリーが食堂に入ってきた。セイザたちを見つけると、少しあわてた様子でやってくる。

「どうした?」

 たずねるセイザにヘンリーが言った。

「ルオン様が……」


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