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第28話

「ルオンがどうかしたのか?」

 腰を浮かせるタクマ。ヘンリーが答える。

「お熱を出されておいでです……」

 ちょうど話も終わったところだ。セイザとタクマはあわてて部屋に戻る。ルオンはベッドの中で頰を真っ赤にしていた。

「ルオン、大丈夫か?」

 ルオンの額に手を当て、タクマがたずねる。ルオンはこくりとうなずいた。顔は赤く、うっすらと汗をかいている。熱のせいだろう、少しだけ呼吸は荒いが、以前に王宮で倒れたときのような取り乱した様子や、苦しそうな様子はない。

「少し疲れてしまったかな……」

 呟くセイザ。一緒に来ていたバイナが「ムリに誘って悪かった」と肩を落とした。

「いや、連れていくと判断したのはわれわれだ」

 セイザはなぐさめるようにバイナの肩を軽くたたき、少し考える。

「この時間だとさすがに薬屋は閉まっているな……。医者は宿屋の人に聞けばわかるか」

「たずねて参ります」

 それを聞いたヘンリーが、セイザが何かを言うより先に部屋を飛び出していった。部下の鑑だ。タクマがルオンの額に張り付いた髪の毛をよけてやりながら言う。

「熱はそれなりにあるけど、顔色は悪くねえし、めちゃくちゃ心配な感じではなさそうだけどな。子どもなんてよく熱を出すもんだし」

 セイザもタクマも子どものころから体力があり身体も丈夫だったが、世の中はそういう子どもばかりでもない。

「このくらいなら、今夜は様子見ても大丈夫じゃないかと思うけどな」

「……」

 ルオンが心配ないとでもいうようにほほえんで、うなずいた。それを見ていたバイナがルオンのベットの端に腰を下ろす。

「ルオンちゃん、ちょっといいか?」

 タクマの手と代わるように、バイナはルオンの額に手を当てた。

「目ぇ閉じてごらん」

 素直に目を閉じるルオン。バイナが少しだけ目を細める。見ていたタクマは、バイナがルオンと息を合わせたのだと思った。少しだけ荒かったルオンの呼吸が見る間に落ち着き、ルオンの顔が心地よさそうにゆるむ。

「……」

 少ししてバイナがルオンから手を離すと、ルオンはすでに健やかな寝息を立てていた。

「魔法で眠らせたのか?」

 小声でたずねるセイザ。バイナが首を振る。

「いや。魔法よりずっと初歩の……おまじないみたいなもんやな」

 そうしてバイナは、その辺にあったタオルを水差しの水で濡らしながら続けた。

「かんたんに言うと、身体の中にある力の流れをちょっとだけ整えてやったんよ。調子が悪くなると乱れがちになるからな。まあ軽く毛づくろいするみたいなもんだもんで、本質的に治るわけでもないが」

 バイナの手の中で、濡れたタオルが青白い淡い光に包まれる。「あ、こっちは魔法な」と注釈を加えるバイナ。

「ルオンちゃんはおそらく体質的に力の流れを感じやすい。あの程度のおまじないでも、ちょっと楽になるんじゃないかと思ってね」

 魔法をまとい、冷たくなったタオルをバイナはそっとルオンの額に置いた。



 ルオンの熱は翌朝には下がったが、念のためそれから二日、セイザたちは宿屋でゆっくりと過ごした。そして二日後、アルボルの街を発つことにしたセイザたちを、バイナが見送りにやってきた。セイザがルオンに「バイナは一緒には来れない」と伝えたとき、ルオンは少しがっかりした顔をしたが、それでもすぐにうなずいた。セイザとタクマは、その反応を少し意外に思ったが、ルオンはセイザが自分を使命から守ろうとしてくれているのを知っている。ならばバイナにも強制はできないのだと、納得できたのだった。

「ごめんな、ルオンちゃん。もっとアンタと仲良くなりたいんだけど、自分にも色々事情があってなー」

 バイナに言われ、ルオンはにこりと笑ってうなずく。

「あー、もう。なんでそんなに聞き分けいいんや。ちっゃい子は、もうちょいワガママ言ってええよ」

 ルオンの頭をグリグリとなでるバイナ。

「言ってることがチグハグだ」

 とタクマが冷静に突っ込んだ。その言葉にバイナがははっと笑う。

「ま、二度と会えんワケじゃないしな。気が向いたら、また会いに来るとええ」

 うなずくルオン。セイザが「そろそろ行こう」と声をかける。するとルオンがバイナを見上げ、まるで抱っこを求めるようにバイナに向かって手を伸ばした。

「ん?」

 求められるまま、ルオンを抱くバイナ。

「次に会うときには、もうこうやって抱っこできんくらい大きくなってたりしてな」

 そうしてバイナの手が離れていくとき、ルオンの右手がバイナの左腕に触れた。正確には、バイナの左腕の腕輪に。

 その瞬間、パキっと小さな音がした。

 石の腕輪が、まるで強い衝撃でも受けたように砕け、バイナの腕を離れて地面に落ちる。

「……」

 おどろき、目を見開くバイナ。ひどく動揺したその表情にセイザがあわてて言った。

「すまない。大事なものを……」

「いや……」

 バイナは、それまで腕輪がはまっていた場所をさすりながら首を振る。

「そこまで高価だったり困るようなもんでもないから、気にしんで」

 それからバイナは、気持ちを落ち着かせるように一つ息をついた。ルオンを見下ろし、その頭をグリグリとなでる。

「……」

 落ちる沈黙。バイナはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げると言った。

「……やっぱ自分も行くわ」

『は?』

 おどろき、声を上げるセイザとタクマ。大人たちの間で、ルオンがにこりと笑った。

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