バイナがもたらした衝撃は、それだけではなかった。
「一緒に行く以上、隠しとくとかえって面倒だもんで、ぶっちゃけるんだが……実は自分、女なんだわ」
『は?』
声を上げるセイザとタクマの間で、またルオンだけがにこりと笑った。
「まさか女は足手まといとかは言わんよな?」
バイナの言葉にセイザとタクマはあわてて首を振った。バイナの能力は遺跡で見ている。タクマには敵わないだろうが、セイザと互角、ヘンリーよりは上だろう。落ち着きを取り戻したセイザがバイナに問う。
「しかしなぜ、男性のような身なりを?」
するとバイナはジロリとセイザを睨んだ。
「……さすが、踏みにじる側は気楽やな」
氷の剣のような鋭く冷たい視線。ふだんはにこやかだったバイナからは想像もつかない色に、セイザもタクマも思わず息を飲んだ。しかしややあって二人は、ある事実に思い至った。二十年ほど前、カルブ地方と王国の間は小競り合いがあった際、王国の兵士の一部が統率を失い、カルブ地方の女性たちを蹂躙した事件があったのだ。小競り合いの後、カルブ地方はさらに閉鎖的になり、出てくる民は減ったが、特に女性たちは、その騒動以降、ほとんど外に出ないようになったと聞いている。それに気づくと同時に、セイザは最初のころにバイナから感じた小さなトゲの正体を知った。
「すまない。配慮を欠いた質問だった」
セイザが素直に謝罪し、タクマもその横で頭を下げる。そんな二人にバイナは小さく息をついて言った。
「うん、まあ……。あそこの女たちが外に出れんくなったのは、あの事件だけが原因じゃない。あれが起きたのが、ちょうど自分が五つかそこらの頃だったかな。元々そういう気質があったところに事件が起こったもんで、女たちを閉じ込める口実になったのをよう覚えとるよ」
そうしてバイナは軽く肩をすくめる。
「だもんで、アンタたちと王宮に行っても、自分はわざわざ女だとは言わん。……男だとも言わんが。自分が女だって知る人間も、できるだけ最小限に抑えたい。そんでええか?」
セイザとタクマには、うなずくことしかできなかった。
カルブ地方には元々、あまり女を外に出さない習慣があった。女は家の中で目立たぬよう静かに生きるものという文化があったのである。この文化は、カルブ地方の外にもある程度は知られている。
しかしカルブ地方には、外にはほとんど知られていない独特の文化もあった。その一つが双子にまつわるものである。産まれた子どもが双子だった場合、子どもとして扱われるのは先に産まれた子供のみ。後から産まれてきた子どもは、拾った子ども、おまけの子どもとして扱われ、その家の子どもとしての権利は与えられないのだ。
バイナは双子だった。先に産まれたのはバイナではない男の子。バイナは後に産まれた女の子だったのだ。暴力を振るわれることはなかったし、部屋や食事、衣類などはきちんと与えられたから、後に生まれた双子としてはマシな扱いを受けたほうだろう。それでも兄よりも少しでも目立つようなことがあれば、厳しく叱責された。
しかしそんな折、バイナに魔法使いとしての才能があることが分かった。バイナの家は魔法使いが多く、やはり魔法の才能や能力が家の中での地位を左右する。バイナの魔法の才能は家系の中でも群を抜いており、双子の兄の力をはるかに超えていた。それどころか、六つになる頃にはその辺の大人にすら勝るくらいだった。それでも双子の妹であり女であるバイナには兄を超えることも表に出ることも許されない。
そんなバイナに父親が与えたのが、あの石の腕輪だった。腕輪自体に特に何か力があるわけではない。カルブ地方のみに古くから伝わる文字で、女としての道徳がギッシリと彫り込まれた腕輪。バイナの父親は「これを己の戒めとせよ」と言って、まだ小さかったバイナの腕に石の腕輪を通した。それはバイナにとって己を日陰に縛り付ける鎖であり、呪いだった。
やがて成長したバイナは家を飛び出し、髪を切り、男の服に身を包んで、旅人になった。誰にも気兼ねせずに魔法のスキルを磨き、護石をはじめとした魔法具を作ったりギルドの依頼を請けたりしながら日銭を稼ぎ、気ままに暮らした。やりたいことをして、振舞いたいように振舞う。自由になったつもりでいたが、その一方で左腕の腕輪がいつも目についた。本気になって壊そうと思えば、バイナの魔力をもってすればかんたんに壊すこともできただろう。それでもなぜかそういう気にもなれず、いつまでも腕輪を気にしながら生きてきたのだ。
バイナは思う、あのときルオンはわざとあの腕輪に触れたのだろうと。ルオンがどういう力を使おうとして、なぜ腕輪が壊れたのかは分からない。少なくともルオンの周りには、何かを破壊するような力の流れはなかったし、ルオンが持つ力は、バイナの魔力とは異なり、物の破壊に向く力ではない。けれどもとにかくルオンは意志をもってあの腕輪に触れ、それを壊したのだ。
勇者のお供として、もしもバイナの名が故郷に届くことがあれば、きっと両親も兄も黙ってはいないだろう。王国とカルブ地方の関係もむずかしく、いくらセイザと共にあったとしてもバイナが王宮に顔を出せば、イヤな顔をする貴族もいるに違いない。
それでも……。
あの石の腕輪が壊れたことが、バイナが一歩を踏み出すきっかけになった。