かんたんな朝食を済ませると、セイザとミハイル、ヴェルは村長に事情を説明しに行った。村長によると、この村には昔から「夢を紡ぎし風」を祀ってきたのだという。青い狼の姿とその伝承は、村に昔話として伝えられ、毎年春先にはそれにちなんだ祭りも行われてきたそうだ。
「昔はかなり盛大だったそうですが、祖父が生まれた頃あたりから、あまり大規模にはやらなくなってきたようです」
村長の説明にヴェルが「そういえばそうだったな」と、何かを思い出すような仕草を見せる。
「そうだ、昔は年に一度くらいは力ある者が祈りを捧げに来ていた」
ヴェルが言うには、精霊は眠っていても、外の出来事をうっすらとは感じられるらしい。特に祭りや祈りのような力が動く際には、まるで眠りが浅くなるかのように、周囲のことが分かったそうだ。
「最近はそういうのもなくなって……うっかり眠り込みすぎたのやもしれぬな」
昼過ぎにはルオンもなんとか目を覚ますことができた。ヴェルに導かれ、セイザ、タクマ、バイナとルオンが、瘴気に包まれた山に向かう。セイザはルオンに留守番をさせようとしたのだが、ヴェルが言った。
「瘴気の中に入るならば、セイザとタクマにはルオンが必要だろう。それに我とルオンは、あまり離れることができぬ」
ミハイルも同行しようとしたのだが、今度は「ルオンには三人は守れぬ」と断られてしまった。
ヴェルの言っていた意味は、山に入るとすぐにわかった。人は、瘴気に触れていると、だんだんと具合が悪くなっていき、目や口から血を吹いたり、正気を失ったりする。しかし、セイザもタクマも、ルオンと手をつないでいれば、瘴気の中でも何の影響もなく行動できた。ルオンの浄化の力によるものだ。セイザがルオンの右手を、タクマがルオンの左手を持つ形で歩いているが、ここにミハイルまで加わるのは、確かに少し窮屈だろう。
一方でバイナは風の魔法をまとい、瘴気と自分の間に清浄な空気の層を作ることで、瘴気の影響を防いでいた。昨晩の段階では、一人でここに来ることも考えていたというバイナ。
「ただ、常に魔法を使い続けなあかんもんで、一人で来るのはちょっとエラいんだわ」
これだけの瘴気を発生させるためには、どこかに瘴気の核がある。瘴気を消すためにはその核を壊さなければならないのだが、魔物も出るかもしれない場所で、魔法を使い続けながら、瘴気の核を探すのは不安だったとバイナは言った。
「瘴気の核か……どうやって探せばいいんだ?」
タクマがたずねる。
「アテがなければ、力の流れを感じながら探すのが一般的かな。アテがなければ……だが」
バイナはそう答えながら、ヴェルを見た。うむ、とうなずくヴェル。
「場所は我が知っている。……我が眠っていた祠の目の前だ」
ヴェルは祠と言ったが、どちらかというとそれは石碑だった。巨石がいくつか積み上がり、その手前には飾りなのだろう、人の頭ほどの大きさの石がいくつか並べられて、そこに文字が彫られている。それらの前は小さな広場になっており、そこで例年の春の祭が行なわれていたそうだ。
しかし今、その広場は、一段と濃い瘴気に包まれ、昼だというのにまるで夕刻のように薄暗く感じられた。そしてその広場の中央の地面には、古い剣のようなものが突き刺さっている。古い剣からは黒いモヤがユラユラと立ち上がっている。どうやらそれが、瘴気の元になっているようだった。
「誰かがアレを我に突き立てようとしたのだ。寸前で逃れたが、魂の一部が捕らわれた」
ヴェルは、もしも直撃していたら、消滅していたか完全に闇に捕らわれていただろうと言う。
「アレを壊せば、瘴気もじきに消えていくだろう」
「……」
ルオンがセイザとつないでいた手を離し、古い剣に向かって手を伸ばした。しかし、ルオンの手がそれに触れた瞬間、剣から立ち上がる黒いモヤがブワリと大きく膨らんだ。ルオンの指がバチっという何かが爆ぜる音とともに弾かれる。
「!!」
衝撃によろめいたルオンの身体を、ヴェルの胴体が支えた。
「ルオン大丈夫か?」
セイザがあわててルオンの手を取り、確認する。ルオンは大丈夫だというように、ほほ笑んでうなずいた。しかしそれと同時に、バイナとタクマが周囲を振り返った。夕刻の風のようにひんやりとした風が渦巻き、彼らを取り囲むように、魔物が急に現れたのである。マイムーやアルマドガト、それから昨晩までヴェルを追いかけていたコホホというウサギのような魔物。
「なんやこれ……」
バイナが眉を寄せ、うなるような声を出した。ふだんならば、それほど恐ろしい魔物ではないが、ここまで大きな群れになるのは、あまり見るものではない。しかもそれぞれが、よく見るものよりも一回り、二回りほど大きい。
「この剣を仕込んだ者が、魔物を使ってこれを守っているということだろう」
腰の剣を抜くセイザ。タクマがうなずく。
「じゃあとりあえず、コレを倒すっきゃないってことだな」
そうして戦いがはじまった。