「おかえりなさいませ、みなさま」
パルウム宮に着くと、ソフィアが出迎えてくれた。ルオンがぱっと顔を輝かせ、ソフィアに飛びつく。
「ルオン様、おつかれではありませんか? 道中はお元気でいらっしゃいましたか?」
ソフィアはほほ笑みながらルオンの頭をなでたが、ヴェルがセイザの後ろから姿を現すと鋭い悲鳴を上げた。
「きゃぁぁっ!」
それでもソフィアはルオンの手を引き、ヴェルとルオンの間に立ちはだかろうとする。
「ソフィア、大丈夫だ」
ミハイルに声をかけられ、ソフィアは目を白黒させた。
「ですが、ミハイル様……」
震える声でたずねるソフィア。進み出たヴェルがソフィアを見上げる。
「驚かせてすまない。我はヴェル、ルオンと結ばれた精霊だ」
そうしてヴェルはルオンの腕の中におさまりながら言った。
「そなた、ルオンを守ろうとしたな。ルオンの周りには、よき人が多いようだ」
◆
「覚悟を決めてほしい」
パルウム宮の応接室で、ミハイルはルオンたちに向かい、そう言った。パルウム宮で出迎えを受け、ひと落ち着きした後のことである。それはルオンの存在を、もう隠してはおけないという意味だった。
先日の村では、ルオンの動きを目撃していた村人も多くいた。ウワサが広がるのも時間の問題だろう。それに何よりも、ヴェルはとても目立つ。ヴェルがルオンと共に行動するならば、王宮やその周辺の人にヴェルの存在を知っておいてもらわなければ、先ほどのソフィアのような騒ぎが、あちこちで起こってしまうだろう。
「近いうちにルオンとヴェルの存在を正式に公表する」
ミハイルの言葉にセイザは渋い顔をしたが、ルオンはうなずいた。
元々、使命から逃げるつもりなどなかった。注目を集めてしまうのは、まだ少し怖いけれど、いつまでも隠れていられないこともわかっていた。
「大丈夫だ、我がそばに控えていれば、ルオンに手や口を出せる者などおらぬ」
そう言って笑うヴェル。
ルオンを隠す理由になっていた「人見知り」は、もうない。さらにヴェルがルオンに寄りそうようになったことで、ルオンは人の助けをあまり必要としなくなりつつあった。仕草だけでは伝えきれない言葉を代弁してもらえるだけではない。ヴェルの首に手をかけていれば、知らない場所でも迷わずに歩ける。文字や本も読んでもらえる。今までは誰かに助けてもらわなければできなかったことの多くを、ヴェルに頼めるようになったのだ。
「助けてもらうために、我はルオンと一心同体に近い状態になった。ならばルオンの目や言葉になることくらい、造作もない」
人の評価というのは意外と残酷なものだ。ルオンのそばにひかえているのが「人」であれば、ルオンを弱い者として雑に扱う人間が出る可能性もある。しかしそれが見るからに堂々とした美しい獣であれば、そういうことも起こりにくいはずだ。
その理屈はわかるが、セイザとしては、どうしても首をたてに振るのがむずかしい。ルオンが、そんなセイザの手に自分の手を重ねてニコリと笑った。
守ってくれてありがとう、でも大丈夫だから。
ヴェルがルオンをチラリと見たが、ルオンは「伝えなくていい」というように、小さく首を振った。
◆
それから数日間は、少し慌ただしかった。ルオンとヴェルを勇者の仲間として正式にお披露目するための準備も進められた。パルウム宮の応接室で、職人が入り、ルオンの服の準備などを進めている。どこか所在なさそうにソファにちょこんと座っているルオン。そんなルオンにバイナが笑いかけた。
「自分もいっぺんやったが……正直エラかったわ」
バイナはパルウム宮に来た直後、王宮の宴会で勇者の仲間としての紹介を受けている。それがあったから、王宮や神殿の図書館で魔法に関する本も読めるようにはなったというが、居並ぶ貴族やら何やらの相手は、面倒くさかったとバイナは語った。
「ルオンちゃんは、ふつうならそういう場には出ない年だもんで、自分のときよりはかんたんなお披露目になるってミハイル殿下が言っとったよ。自分もできるだけルオンちゃんのそばにいるつもりだから安心しな」
バイナはそう言ったが、やはりルオンは少し不安だった。魂の記憶にある貴族たちは、体面や序列などに敏感で、対応するのは非常に気をつかった。ルオンとしてはまだ貴族たちに触れ合ったことはないが、セイザやタクマ、ソフィアがときおり見せる、洗練された物言いから想像するに、きっと似たようなものなのだろう。目も見えず、言葉も出ないこの身で、どのように振る舞えるのかもわからない。
「大丈夫、我を鎮めたのは他でもないルオンの力だ。我のそばで堂々としていればいい」
ヴェルはそう言ったが、それはつまり、ミハイルや王がルオンをそういうストーリーで紹介するだろうという意味だ。そう思うと、やらなければならないとわかってはいても、なんだか自分のベットの中にでも引きこもりたい気持ちになってしまい、ルオンはあいまいな笑みを浮かべてヴェルの首筋の毛をもてあそんだ。
◆
セイザとバイナ、ミハイルは、ミハイルの執務室で、瘴気の核になっていた剣を調べもした。ルオンの力に後押しされ、セイザが叩き折ったあの古びた剣である。
「あれだけの瘴気の核にできたんだ。並の剣じゃないのは確かだろう。作られたのは、おそらく120年以上前だな」
バイナが言う。セイザとミハイルに問うような視線を向けられ、バイナは続けた。
「魔力や神聖力、ああいう邪な力、何であっても同じだ。力を込めて使うものには、そのモノ自体もそれなりの力を持っている必要がある」
昔はそういう剣や道具を作れる職人もいたという話は、セイザとミハイルも知ってはいる。しかしある頃から力を持つ者が生まれなくなり、そういう技術も断絶した。だからバイナはこの剣は、まだそういう技術が残っていた頃に作られたものだと断定したのだ。
「ただ、昔のものだったとしても、相当の代物のはずだ」
「ふむ」
バイナの言葉に、ミハイルは目の前の剣を観察した。特徴的な紋章などはないが、造りは悪くない。バイナの言うとおり、それなりにいいものだったのだろう。
「セイザ、叔父上の知り合いに剣の意匠に詳しい者などはいるか?」
「職人関係ならば、父よりは母のほうが人脈が広い。一応両方に聞いてみる」
「作り手や元の持ち主などがわかれば、どこからどう流れたのか調べられる可能性もある」
「わかった。そこも含めて調べてみよう」
さらにバイナは、剣に魔法の痕跡などが残っていないかも確認した。しかし残念ながら痕跡らしいものは見つからなかった。
「その剣自体が悪さするとは思えんが、厳重に管理したほうがええだろうな」
バイナの言葉にミハイルがうなずく。セイザたちがこの剣を手がかりにしようとしていると知られれば、何者かがこれを狙ってくる可能性がないとも言い切れない。
おおむね話がまとまったところで、ふと思い出したようにバイナが言った。
「そうだセイザ。アンタ、早々に剣を変えたほうがええ。今の剣じゃきっとすぐにダメになる」
予想外の言葉に思わず眉を寄せるセイザ。
「それなりにいいものを使っているつもりではあるんだが……」
けれどもバイナは首を振る。
「ルオンちゃんの後押しはあったが、あん時にアンタがやったのは、いわゆる力を使った攻撃だ。今後のことを考えるなら、アンタの剣もそういう職人が作ったモノにしたほうがええよ」
古の騎士には、オーラといわれる力を使った戦い方をする者もいたそうだ。バイナによれば、あのときのセイザの一撃は古の騎士のものに近かったのだという。そして勇者として戦っていくことを考えるならば、そういう戦い方を習得したほうがいいともいう。
「しかしそのような剣、どう探せば……」
唸るセイザに対し、バイナは器用に片目だけを閉じてみせた。
「核になっとった剣を取引きしとった者や、作った職人がわかったら、そういうところから見つけるとええ。そういうモノを扱っとるトコには、似たようなモンもあることも多い」
「なるほど」
意外な答えに目を見開くセイザ。」
「モノの良し悪しの判別は、自分も手伝うもんで……。ああ、ヴェルもわかるかもしれんな」
バイナの言葉に、セイザは「頼りにしている」と頭を下げた。