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第40話

「さて……少し鍛えてやるとするか」

 そう言ってヴェルが、セイザとバイナをルオンの遊び用の部屋になっている部屋に呼んだ。

「セイザは己の力をまだ自覚できていない。バイナは力はあるが、使いこなせていない」

 二人を見上げ、そう述べるヴェル。

「昔は、力を持つ者も多くいたのだが……」

 大きな魔力を持つ魔法使い、オーラを使いこなす騎士、神聖力をもった聖人。かつてはそういった存在がいた。

「でも今は、そういう者は産まれてこん。はっきりとした時期は分かってないが、だいたい120年から140年くらい前を最後に産まれなくなったと言われとる」

 古い時代であっても、力を持って生まれてくる者はめずらしかった。それ故に、産まれなくなったのがいつだったと明言することができない。しかし、バイナが言ったあたりを境に、そういった力を持つ者が産まれなくなったのだ。

「……」

 ルオンが何かを考えるように目を伏せる。ヴェルはチラリとルオンを見て、それから小さくうなずいて、セイザたちに向き合った。

「お前たちは『勇者』だからなのか、この時代に力を持って産まれてきた。だが、そういう状態なために、導いてやれる者がおらぬ。だから少し修練に協力してやろうと思うのだ」

「それはありがたい」

「恩に着るわ」

 礼を口にするセイザとバイナに向かい、ヴェルは言った。

「我はすでにお主らに助けられておる。それに、できれば他の精霊も気に掛けてほしいからな…….。お主らが強くなることは、我にも益がある」


 ヴェルがセイザに指示したのは、バイナと手をつないで瞑想を行うことだった。バイナと向かい合い、床の上にあぐらをかいたセイザ。バイナに視線でうながされ、セイザはバイナの手に己の手を乗せる。

「ちょ……そんなカチコチにならんでええって」

 笑うバイナ。しかしセイザは真面目な顔で言った。

「瞑想というのが初めてなんだ。笑わないでくれ」

「アンタのことだ、剣の鍛錬も毎回真剣に行っとるんやろなぁ」

「当たり前だ」

「瞑想も別にふざけてやるモンじゃないが、少し違うんだよな……」

 バイナは、セイザの手に入っている力を抜かせるように、セイザの手を上下に振る。しかしセイザの手は、まるで固い棒切れのように振られるばかりだ。苦笑いをしてバイナは言う。

「今からやるんは、前に自分がルオンちゃんにやったようなやつだ。ルオンちゃんが熱出したときに、やってたのを見たことあるだろ? あんときのルオンちゃんの態度を思い出してみ? アンタにああいう状態になってほしいんや」

「……」

 セイザは、バイナと遺跡に行った後のことを思い出した。そのときだけでなく、パルウム宮に来てからも、ルオンがたまに体調を崩すと、バイナはああやってルオンをなだめていた。ルオンはそういったとき、バイナに対してまるで甘えて身を預けるような様子を見せた。とはいえセイザは、とっくに成人した男だ。バイナは仲間であり友人であるとはいえ、特に深い仲でもない年上の女性である。根っからの騎士として生きるセイザには、肩肘を張らずに触れろといわれても、なかなか難しい。

「……」

 セイザが困っていると、ヴェルと共に横にひかえていたルオンが立ち上がった。そしてルオンは、まるでおんぶをねだるようにセイザの背中にのしかかる。

「ルオン……今は遊んでいるわけじゃないんだ」

 セイザは思わず言ったが、ルオンはセイザの背中の上でふるふると首をふった。ルオンのやわらかい髪の毛がセイザの首筋に触れる。これは完全に甘えるときの態度だ。背中から伝わる、ルオンの体温。

 その体温を感じながら、セイザはふと思う。ルオンがセイザたちに甘えるようになったのは、いつの頃からだろう。ルオンは最初からセイザたちにしがみついてきたが、それはあくまでも、恐ろしいことばかりの世界で、セイザたちだけが頼りになる大人だったからだ。パルウム宮に来て、ソフィアから教えを受け、少しずつ安心できる世界が広がっていくにつれて、ルオンのセイザたちに対する態度も、必死にしがみつくという感じから、甘えにくる感じになった気がする。それと同時に、少しずつわがままも見られるようになった。

「……」

 何を思ってこんなときに甘えてくるのかは分からないが、ルオンがそうしたいならば仕方がない、甘えさせてやろう。セイザがそう思ってルオンの重みを受け入れたときだ。不意にバイナの手の温度が、鮮明に感じられた。そしてそこから、何かがスルリと入り込んでくる。たとえるならば、皮膚の内側を手でなで上げられているような感覚。だが不快ではない。

「お、上手くいったな。さすがルオンちゃん、何が大事かよう分かっとる」

 バイナがほほ笑む。そうしてバイナは言った。

「今の感覚、わかるやろ? それが力だもんで、そこに意識を集中させてみてくれ」

 が、セイザがそれに集中しようとした瞬間、その感覚はふっと霧散してしまった。

「あ……すまない」

 しかしバイナは首を振る。

「むしろ最初から感じられてるだけでも、相当のモンだ。気にしんで」

 それからセイザとバイナは、しばらくの間、瞑想を繰り返した。最初はルオンの体温を意識しなければ上手くいかなかったが、そのうちにルオンがいなくてもバイナの力が感じられるようになった。バイナが力の大きさを変えたり、移動させるのも少しは分かるようになった。


「はぁ……」

 そろそろ終わりにしようとバイナに言われ、セイザは大きく息を吐き出す。剣術の鍛錬のように身体を動かしたわけではなかったが、ひどく疲れたような気がする。

「初日でそんだけできるヤツは、そうそうおらんよ。自信もってええ」

 バイナの言葉にヴェルがうなずく。

「やはりお主らには、かなりの才能があるようだ」

 そうしてヴェルはセイザに対し、バイナの力を感じるのに慣れたら、次は自身の中にある力を意識してみるよう助言した。


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