「――流れ星に祈ると、願い事が叶うんだって」
初夏が終わり、夏本番がやってきた7月。
うだるような暑さにやられて、教室の席で干からびているとどこからかそんな話し声が聞こえてきた。
楽しげなクラスメイトたちの会話が、自然と耳に入ってくる。
「あはは、今どき子どもでもそんな話信じないよ、迷信迷信」
「この町でそんなこと言われてもねー?」
からかい混じりの否定に、最初に話題を上げた子がむーっと拗ねたような声を出した。
「そうだけど、ほら、予報だと今夜から流星群でしょ? 流星群の始まりに願う事を祈ると、叶うんだって」
「ちょっと信憑性が増した、かな?」
「条件を足して、本物っぽくしただけじゃない?」
心の中で、最後の言葉に同意する。
それからも流星群の話で盛り上がっているクラスメイトたちの声が聞こえないフリをして、茹だつ頭で考える。
星降る町。
そんな風に呼ばれる俺が住んでいる町は、毎日のように流れ星が観れる町として有名だった。
観光名所にもなっていて、町のどこを見ても『星』という文字が書かれている。
特に7月の中旬から8月の中旬にかけては、毎年流星群が観られるので観光客も増えるし、町の人たちの話題も一色になる。
実際、今日の夜からと予報されている流星群に、教室の生徒たちは色めき立っている。皆、今夜のことで話はもちきりだ。
――願いが叶う、ねぇ。
さっきの子たちも否定的だったが、どうにもそういった流れ星に関する話は信じられないでいる。
信憑性がないというのもあるが、流星群による町おこしのために、町民が流したんだろうという夢も希望もない考えが頭によぎるからだ。
あれだ。
チョコレート会社がチョコを売るためにバレンタインデーで販促しているのと似た感覚。
そうした裏側をあえて見ないフリをしてクラスメイトたちは楽しんでいるんだろうけど、どうにも俺はそんな盛り上がりを冷めた目で見てしまう。
こういうところが友達から『ノリが悪い』と言われる所以なんだろうが、性分なのだから仕方ない。
バレンタインデーはチョコレート会社の思惑としか思えなかった。
机に突っ伏したまま、教室の会話を無作為に拾った頭が些末なことを考えていると、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
流星群の話で盛り上がっていた生徒たちも、ばらばらと席に戻り、ほどなくして午後の授業を担当する先生が姿を見せる。
「はいはい席に戻ってー。流星群はまだ降って来ませんからねー、今は教科書を広げて勉強をしましょうねー」
「先生は願い事が叶うって話、信じてますかー?」
「あはは、もちろん信じてますよ。ちなみに、私の実家の『綺羅星まんじゅう』を食べても願いは叶います。というわけで、今夜は皆で買って、星観まんじゅうと洒落込んでください」
やっぱり販促なんだよなー。
☆★☆
帰りのホームルームが終わり、クラスメイトたちが帰り支度を始める……わけもなく、それぞれの仲のいい子たちと集まって、今夜の予定を立てている。
中学でも、高校でも、この時期になるとよく見る光景だった。
「コウも一緒に来るか?」
「んぁ?」
「……話、聞いてなかったろ?」
今夜の予定を立てているグループの1つにいる、同じクラスでもほどよく話す友人が、なんでか咎めるような目を俺に向けてきていた。
聞き流しモードに入っていて、なにも頭に残っていない。
「悪い、聞いてなかった」
「だよな、ホームルーム終わってるのに黒板見たまま動かないし」
その時点で、話を聞いてないと察してくれよと思うのは、俺の我が儘なのだろうか。
……我が儘なんだろうなー。
自分の中で結論を出して「ごめごめ」と謝る。
もちろん誠意なんて伝わらず、呆れた顔をされただけだった。
「今日の流星群だよ、一緒に丘で観ようぜ」
「あー」
なーる。
この時期といえばという定番の誘いだった。これなら、適当に返事をして誤魔化せたかもしれないなぁと反省する。
反省する箇所が違うという正論には耳を貸さない。
「流星群かー」
どうするかなと腕を組むが、窓の外をちらりと窺い、誘ってくれた友人に手を振る。
「今日はやめとくわ」
「今日“は”じゃなくて、今日“も”だろ?」
「そんなことないない」
なんて否定してみるけど、心当たりしかない。
学校の中はともかく、こういう放課後の遊びには付き合わないからなー、俺。
誘ってくれた友人の後ろから、「やめとけやめとけ」と他のクラスメイトがからかうように割って入ってくる。
「こいつには校門で健気に待ってるかわいい
「彼女じゃねーよ」
「そうだよなぁ」とクラスメイトの言葉に、友人がうんうんと頷く。
「納得するな」
確かに待ってはいる。
でも、彼女じゃない。
今度また誘ってくれーと心にもないことを口にして、友人と別れて校門に向かう。
「あっつ……」
廊下も暑かったが、校舎を出ると日差しも合わさって肌が焼けそうだった。
早くも額に浮かんできた汗を手の甲で拭い、校門を足早に目指す。
約束しているわけじゃない。
でも、いるのはわかっている。
そのまま校門を抜けて、すぐに横を見ると柱に寄りかかっていた少女と目が合った。
隣接した中学校の制服が悪目立ちしているのもあるが、その整った容姿に帰宅途中の生徒たちから注目されているのがわかる。
炎天下なのも合わさって心配していると、俺を見た少女の顔がふにゃっととろける。
「兄さん、お疲れ様です」
彼女――ではなく、俺の妹であるイノリが飼い主を見つけた仔犬のように駆け寄ってくる。