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第6話 転校生はクラスメイトに興味がない

 降って湧いた話題に、教室中はこれでもかと色めき立っていた。

 うずうずしているのが見てわかるくらいで、先生もしょうがないとばかりに吐息を零している。


「これでホームルームは終わりますけど、あまり騒がしくしないこと。仔星さんに迷惑をかけないこと。いいですね?」


 ぴっと人差し指を立てて、園児にも言い聞かせるような言葉遣いでクラスメイトたちに先生は釘を刺す。

 その言葉に誰もがうんうんっと頷いているが、律儀に先生の言葉を守ろうとしているのはいないだろう。


 そんなことは十分わかっているのか、今度はため息をいて先生は教壇から降りる。

 教室を出て、扉を閉める。

 途端、火薬に火が点いたように、教室が爆発した。


 俺の隣に座って、窓の外をぼーっと眺めていた仔星セラ転校生の周りを、興奮を押さえきれないクラスメイトたちがこぞって囲った。

 それはもう、落としたアイスに群がるアリか、バーゲンセールで死闘を繰り広げる主婦たちのように。


「ねーねーどこから来たの?」

「瞳の色綺麗だね? カラコンじゃないよね? ハーフ?」

「今日の放課後空いてる?」

「どうしてこんな時期に転校してきたの?」

「セラちゃんって呼んでいい?」


 矢継ぎ早に質問攻めされて、どれだけの人が答えられるだろう。

 横目で仔星さんの様子を窺うも、人の壁でほとんど見えなかった。僅かな隙間からちらっと一瞬見えたのは、変わらずぼーっとしている彼女の横顔だった。


 聞いているのか、いないのか。

 あれこれ質問しているとクラスメイトたちも、いくら尋ねても答えてくれないことに動揺を見せ始める。


「あの……、仔星さん?」


 仔星さんを囲んでいた輪が少し広がる。

 開いた隙間から見える彼女の瞳は星のように輝いているのに、どこか虚ろに見えた。


「……なに?」

「いや、なにって言うか」


 ようやく返ってきた言葉は短く、これまでの質問を一切聞いていなかったような淡泊な反応だった。

 これには、興奮して群がっていたクラスメイトたちも目を合わせて困惑気味。それでも、どうにかこうにか交流を試みようと質問を投げかけていたけど、「そう」「わかんない」「……なんだろうね」と生返事ばかりだった。


 転校生。それも夜空と星の生き写しのような神秘的な美人。


 男女問わずどうにかこうにかお近づきになりたいと思っていたクラスメイトたちも、あまりにも梨の礫な反応に1人、また1人と自分の席に戻っていく。


 授業の鐘が鳴る頃には、すっかり見やすくなった仔星さんは、相変わらず窓側を向いて、曇った空を見上げていた。


 ――変な転校生。


 それが仔星セラの第一印象だった。


  ☆★☆


 昼休みから放課後へ時間は移り、仔星さんにアタックする者はほとんどいなくなっていた。


「仔星さん、これから歓迎会とかどう……かな?」

「なにそれ」


 声をかけた女子生徒の笑顔が引きる。

 知らないわけないだろう。

 そんな気持ちが表情から見て取れて、なんだか可哀想になってくる。


「ううん、なんでも。またあしたぁ……」


 そしてまた1人、仔星さんから離れていく。

 仔星さんに誘いを袖にされたクラスメイトが、友人たちに肩を叩かれているのがなんとも物悲しかった。


 美人が難攻不落っていうのが付き物だけど、にしても辛辣だ。


 人見知りで壁を作っているという雰囲気でもないのだけど、見ているとどうにも反応が薄いような気がした。

 というより、意識が薄い……のかも?


 寝ぼけているようにふにゃふにゃな返事ばかり。それでいて、見た目は神秘的で人を惹きつけるのだから、なんともちぐはぐだ。


 隣の席で視界の端に入り込むせいか、どうにも気にかかる。

 夜空のような紺色の髪か、はたまた星のような金の瞳か。


 俺も1回くらい声をかけてみるべきか。無謀な挑戦心が一瞬顔を出す。

 けど、転校生に構っている余裕は今の俺にはないと、すぐに鳴りを潜める。

 妹のことを思い出して、ため息が零れた。


 それに、と視線を向ければ、最後まで粘っていた友人が玉砕しているところだった。

 肩を落としてトボトボとこちらに歩いてくる顔はしわくちゃで、哀愁に満ちている。


「フラレた」

「あぁ、うん、どんまい」


 告白でもしたのかってくらい泣きべそをかいている。

 さすがに転校生相手にそれはないと思うが、どんより具合は似たり寄ったりだ。


「あーも脈なしだといっそ清々しいけどな!」

「元気なようでなにより」


 言うと、友人がこっちの顔をジロジロと見てくるので、「なんだよ」と手で払う。


「や、少しは元気になったのかなーってね?」

「……そんなに顔色悪い?」

「朝よりはマシだけど、わりと」


 頬に触れる。

 表情とは違って、触ったところで顔色なんてわかりはしないが、デリカシーの欠けた友人が指摘するくらいなのだから、相当なのだろう。


 多少、復調してきたのは時間が経ったからか、それとも、転校生なんてイベントに気が逸れたか。

 まぁ、後者だろうな、といまだに自分の席に座ったまま、窓の外を見続ける仔星さんを見る。


「で、なにかあった? 相談になら乗るけど、有料で」

「金取るのかよ」

「人の時間をタダで貰おうなんて傲慢だろ?」

「友人関係でそれを言い出すお前はなんなんだって話だけど」


 けらけら笑う友人に、ふっと口から息が抜ける。

 わざとおちゃらけてるんだと思うと、硬かった口も少しは柔らかくもなる。


 どうせ解決策もない。

 それに、喋ったところで理解できるとも思えなかった。俺が逆の立場だったとして、『実妹が義妹になった、どうすればいい』と相談されて、頭のネジを締め直せ以外のなにを言えばいいのかわからない。


「あー」


 と、言葉に迷う。


「不思議な現象に出会ったーとか言ったらどうする?」

「なにそれ?」


 訝しむように目を細める友人。

 真っ当な反応だ。


「超常現象というか、SF的というか、そんな感じ」

「封印された右腕が疼く……っ!」

「厨二病拗らせたわけじゃないから」


 抽象的すぎたか。

 友人にはあまり伝わっていないらしい。

 親指と人差し指の間に顎を乗せて、むむっと悩んでいる。


 といっても、これ以上説明しようとすると、『妹』のことに触れるしかなくなる。

 どうしたものか。


「急に天文部部長みたいなこと言い出して。あの部長、人をおかしくする電波でも発信してるのか?」

「天文部?」


 どうしてここで天文部が話題に上がるのだろうか。

 星の話なんて一言もしてないんだけど。


「知らない? 結構有名だと思うけど。天文部の部長がそういった不思議な事件を追っている変人だって」

「天文部部長なんだよな? オカルト部じゃなくて」

「星もオカルトなところあるし」


 いや、そういうことじゃなくて。


 とはいえ、不思議な事件を追っている、か。

 友人の言う通り変な人がいるなと思うと同時に、意外と相談相手としては悪くないかもしれないとも思う。


 もともと雲を掴むような話だ。

 趣味でオカルト的なことを追っている人だったとしても、その手の情報を集めているというのなら話してみるだけの価値はあるかもしれない。


 家族、友人に相談をして、頭の心配をされるよりはいくらかマシに思える。


「ありがと、助かったよ」

「え、なに? もしかして会いに行くの?」


 鞄を持って席から立ったから、俺の行動を察したらしい。

 友人から言い出したのに、その顔は不安そうに見える。


「あんまおすすめしないぞ? すごく変人だから」

「噂だろ?」

「いや、会ったし」

「は? なんで」


 天文部じゃなかったはずだが、こいつ。


「美人だっていうからデートを誘いにな!」

「じゃまた明日ー」


 親指を立てて自慢げな友人に手を上げて別れる。

 1番の変人は友人だった。

 そう思っていたのだけど――


「いらっしゃい。待っていたよ、ワトソン君」


 足の踏み場もない天文部の部室。

 白衣を着た金髪美人が棒付きの飴を舐めながら、回転椅子に腰掛けて不敵に笑いかけてきて、俺の中の変人ランキングがあっさりと入れ替わる。


 友人の助言は聞いておくべきだったと、早くも後悔した。


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