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第7話 転校生に教えるコンビニコーヒーの買い方

 そりゃ、話したことはないけど。


 時期外れの転校生に色めきたったクラスメイトたちが、どれだけ仔星さんと仲よくしようと話しかけても梨の礫。淡泊な返事だけを残した、友好なんて微塵も感じさせない美人だ。


 隣の席とはいえ、話しかけてすらいない俺の顔なんて覚えてすらいないだろう。


「いないだろうけどぉ」


 なんか、なんか少し落ち込む。

 本当に少しだけだが。


「……なに?」

「いや、うん、へいき」


 あいも変わらず相手への興味を感じさせない淡泊な言葉だった。

 でも、仔星さんからすればコンビニで、知らない男が自分の名前を呼んだ状況だ。返事があっただけマシとするべきだろう。


 感情を感じさせない、夜の星が静かに見つめてくる。

 それがどうにも落ち着かなくて、喉から迫り上がってくる動揺に押されるように言葉を吐き出す。


 名前と、クラスメイトだということを伝える。

 どこまで理解しているのか、感情が感じさせない瞳からはわからない。

 ぼーっと、ただ虚ろに見返してくるだけだ。


「ここら辺に住んでるの?」

「……」


 返ってきたのは無言。

 ヤバい。訊く内容を間違えたか?


 至って普通の世間話のつもりだったが、よく知りもしないクラスメイトの男子に家の場所を尋ねられるのは引くかもしれない。むしろドン引きか。


 訂正しようとしたら「……住んでない」と消え入りそうな声で教えてくれた。

 返事があったことに安堵する。

 その内容が正しいか、誤魔化しなのかはこの際どうでもいい。


 内心で嘆息する。

 もう余計なことは訊かないようにしよう。


「そっか。俺は買い物に」


 コンビニ来たんだから当たり前だろうと思わなくもないが、無難に無難を重ねた結果、なにも情報量が増えなかった。もう少しなかったのか、言葉は。

 外で話したことのないクラスメイトと会ってコミュ症発揮したようなというかそのものの状況に気まずさを覚える。


 とりあえず挨拶はした。

 こういうときは逃げるに限る。


「じゃあ、俺は行くから」


 と、必要のない宣言をして飲料の棚から離れようとして、「ねぇ」と覇気のない声が耳たぶを掠めた。

 あまりにも小さな声だったので、今呼ばれたよな? と不安もあったが、聞かなかったことにする方が心が重くなりそうなので振り返る。


 すると、夜星よぼしが俺を見上げてきた。

 星が見上げてくるって、天地がひっくり返ったみたいだ。そんな不思議な間隔に抱いている間に、仔星さんが尋ねてきた。


「……コーヒーの買い方ってわかる?」

「コーヒー」


 思わず聞き返すと、僅かに躊躇ためらうように唇を結び、こくりと頷いた。

 躊躇ちゅうちょとはいえ、初めて見せる感情の動きにちょっと驚く。ちゃんとあるんだな、感情。無感情系を地でいっているのかと思っていた。


 ちょっとした驚きを感じつつ、初めての仔星さんからのアクションだ。ちゃんと答えてあげたい。

 そう思って質問を振り返って……コーヒー? 買い方?

 疑問が大きくなった。


 とりあえず、飲料の棚にある缶コーヒーを指さしてみる。

 そしたら、結んでいた唇が不満そうに尖った。


「……それじゃない」

「あー、ごめん」


 違うらしい。


「私だって、買い物の仕方くらい知識として持ってる」

「うん、そうだよな」


 そりゃ買い物くらいなら小学生でもできる。なんなら幼稚園児でも。

 わかってるよと伝える意味でも大げさにこくこくと頷いてみせる。


 でも、買い物の仕方の知識って、なんか変じゃない?

 小さな疑問が新たに生まれるけど、とりあえずは最初の疑問に答えようと頭を捻る。


 コーヒーの買い方……缶コーヒーじゃない、ならペットボトル? でも、一緒だよなぁ。そもそも、粉だろうとなんだろうと買い方なんて変わらない。

 なのに、わからないってなんだ? うんうん唸って、あー……と理解する。


 仔星さんが立っている飲料の棚、その1つ隣。

 飲料の冷蔵棚が並ぶ端っこは唯一冷凍で、その中にはアイスコーヒー用のカップ氷がある。


「これか」

「そう」


 ひとりごとだったが目線で伝わったのか、仔星さんが小さく頷く。


「私は最初から言ってる」

「言って……た?」


 まだ不満のありそうな仔星さんの断言を納得しかねて言葉が詰まる。

 コーヒーの買い方を教えてとしか言ってなかったけど、これは言ったのか? 言ってなくない?


「言った」

「言いました」


 そういうことになった。

 これ以上、真実を追求しても仔星さんの機嫌が下落していくばかりなので、冷凍の棚を開けて中からアイスコーヒー用のカップを取る。


 触れた途端、冷たさが指先に広がる。


「まぁでも、コンビニコーヒーって最初、わからないよな」

「そう、説明は書いてあるけど不十分。店員に訊いたらホットはレジで、アイスは奥の棚にあるって言われたけど、そこからどうするばいいのかなんて知らない」

「意外と饒舌だな」


 よっぽど腹に据えかねていたのか。

 それとも、愚痴を零せる相手が来て、口が軽くなったのか。


 どうあれ、学校では見ることのなかった仔星さんの一面を見れて、ちょっとだけど運がよかったなと思う。

 ……運というのなら、ありえない事象に巻き込まれている時点で不幸が勝っているんだろうけど。


「宝くじ勝ったら当たらないかなー」

「なに、急に」

「運の収束とかあるだろ?」

「……知らない」


 素気なくされた。

 こんな抽象的な説明でわかれという方が無理筋だけど。


 アイスコーヒーのカップを持ってレジに向かうと、コンビニ店員のおばさんがにこやかに対応してくれた。そのまま俺に値段を告げられるが、俺が買うわけじゃない。

 隣を見たら「私のだから」と仔星さんが言う。


 制服のスカートから黒い革財布を取り出す。

 会社員のおじさんが使っていそうな重厚な財布。女子高生とはあまりにもかけ離れた物が出てきて、えっ、と声が出そうになった。


「なんか、しっかりとした財布なんだな」

「お金を入れる機能が果たせればいい」

「かわいいとか、メロいとか」

「それは……必要?」

「いらないけど」


 光のない、虚ろな目を向けられるとなにも言えなくなる。

 意外ではあるけど、似合ってなくもない。綺麗系な美人だから、飾り気のないスマートなものが合っているのかもしれなかった。


 そのあと、小銭で支払ってようやく本題のコーヒーだ。

 おまけにしては気になることの多いお会計だったけど、気にしたら気にしただけ疑問を増えそうだったので早いとこ用を終わらせる方針に切り替えた。


 入口近くにあるコーヒーサーバー前まで移動して淹れ方を教える。


「カップのビニールを剥がして」

「うん」ベリベリ

「コーヒーサーバーに置く」

「置いた」コトッ

「そしたら、アイスコーヒーのボタンを押す」

「押した」ビッ

「終わるまで待つ」


 言うと、ぼーっとカップにコーヒーが注がれていくのを無言で見つめだす。

 その姿は教室でただただ窓の外を眺めているときと似ていて、基本なにごとも興味が薄いのかなと感じさせた。


 ピーッと終了の音が鳴ると、びくっと仔星さんの肩が震えた。

 驚いたらしい。

 ちょっと面白くてクスッと笑みが零れると、覇気のなかった瞳に不満の感情が乗る。


「なに、その反応」

「なんでもないです」


 ぶすくれる彼女がかわいく、声には出さないまでも笑ったままでいたら肩をぽんっと叩かれた。

 ご不満であるらしい。

 けど、その表現が幼気で、余計にかわいいと思ってしまったのは内緒にしておこう。


「で、ここからどうするの?」

「ごめんごめん」


 と、謝る。

 ここからと言われたところで、もう困ることもやることもほとんどない。


「好みでガムシロとクリーム入れたら、蓋をしてストロー挿して終わり」

「好み」


 仔星さんが少し悩むように停まる。

 そんな悩むようなことある?


 不思議に思っていると、ガムシロップを手に取った。しばらく見つめて、ツーっと注ぐ。また、ガムシロップを取って注ぐ。もう1度ガムシロップを取って入れて――。


「あの、仔星さん?」

「なに」

「すっごい甘党なの?」

「知らない」


 自分のことだろうに。

 疑問と驚愕と困惑が目の前でコーヒーに溶けていく。


 やっと手がとまって安心したら、今度はクリームを投入し始める。当然のように数が重なっていき、卓上にあるコーヒーの周りにはガムシロップとコーヒークリームの残骸が散っている。


 コーヒーはもともとの量から水位が上がり、カップのギリギリを攻めていた。

 そこでようやく蓋をして完成。


 出来上がったのは見た目カフェオレなのだが……底に薄い透明な層ができていて飲んでもないのに舌に甘さを感じてうぇっとなる。


 仔星さんがストローを挿して軽く混ぜる。

 もちろん、それだけで簡単に混ざる量じゃない。


「……よくそんなの飲もうと思うな」

「コーヒーは、人間の常用飲料だよね?」


 なにを言っているの?

 そんな目で見られる。なにかが致命的に噛み合ってない気がするが、そのなにかがわからないまま、1歩また1歩と破滅に向かっている。


 仔星さんはそのままレジ横にあるイートインコーナーでコーヒーを飲むようなので、俺も付き添うことにした。なにか気になるし。ただ、飲む前に少しだけ待って貰って、新しくアイスコーヒー2個(なにも入れていない)と水のペットボトル、そしてポケットティッシュを買ってきた。


「コーヒー、2つの飲むの?」

「念の為」

「……?」


 不思議そうにされたが、たぶん、俺の方が不思議度では勝っている。不思議度ってなんだ。


 窓際のカウンター席に並んで座る。

 仔星さんが艶のある唇でストローを咥えるのを、いろんな意味でドキドキしながら見つめる。そのままスーッと吸い上げて――


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