目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 生徒会長は泣いていない

 引き出しの中身。

 それは、香坂会長とようくんとの思い出であり、繋がりのあった証拠だった。誰もがなかったと口にしていても、確固たるものとして残っている。


 2人は幼馴染だという先入観があって、こういうものが出てきて当たり前だと思っていたが、そうではない。

 誰もが香坂会長とようくんは幼馴染ではないという世界。もしかしたら、自分の方がおかしいんじゃないのか。そう思ってしまう状況で、自分の記憶や思いは正しかったんだと示すものが出てきた。


 それは今置かれている状況が異常だと照明するもので――なによりの心の支えになるものだ。


 俺はもう1度『ようくんの成長記録②』を手にとって、中身を改める。


「香坂会長」

「いかがしましたか?」

「会長は、ようくんを幼馴染と妄想しているだけの、ストーカーというわけじゃないですよね?」

「ち、……違いますがっ!?」

「声上擦ってますよ」


 なんか、これが証拠だーって思って見てみても、盗撮というか、ようくんがカメラを意識していない写真が多いんだよなー。

 そもそも、この部屋の窓から撮ったもので、ようくんが無防備なものが多く、一層盗撮やストーカーを連想させる。


「寝てる写真まであるんですが」

「り、稟議を通して承認は得て盗み撮りしています!」

「盗み撮りの時点でどうかと思うんですが、誰が承認を?」

「ようくんのお母様!」


 家族ぐるみの盗撮って怖すぎないか。

 結局、本人じゃないし。


 しらーっとした目で見ると、さすがにバツが悪いのか目がこれでもかってくらい泳いでいる。手遊びをして挙動不審になる姿には、理知的な生徒会長という印象は真砂まさぎの一粒も見つけられない。


 やっぱり高校3年生は変人ばかりか。

 そんな諦観を感じつつ、香坂会長に『ようくんの成長記録②』をぽんっと手渡す。


「え、あの……」


 手元のアルバムと俺を交互に見て戸惑う香坂会長に、深く頷いてみせる。


「香坂会長とようくんは、確かに幼馴染でした。それだけは間違いありません」

「……あ」


 言われて、俺と同じことに思い至ったのか、壊れ物を扱う手つきでアルバムを持ち上げる。


「そうですね、そう、なんですね……っ」


 大事そうにアルバムを胸に抱き、俯く。

 香坂会長の肩が震えて、ぽたりぽたりと雫がフローリングを濡らす。


 そっとイノリが寄り添ったのを見て、俺は彼女たちに背中を向ける。

 俯いているから表情は窺えない。泣いているかどうかなんてわからないけど、どうあれ見るべきではないだろう。


 妹であれ、そんな情けない姿は見せたくなかったしな。

 たとえそれが実だろうと、義だろうと。


 嗚咽が聞こえてくる後ろを極力意識しないよう窓の外を見ると、向かいの部屋のカーテンが揺れた……気がした。


「ん?」


 気になって目を凝らしてみても、窓は閉まったまま。

 カーテンは揺れていない。


 誰かいるのか? と考えてようくんの顔が浮かぶ。

 夏休みの日中だ。ようくんが部屋にいてもおかしくはない。


「義兄さん」


 気のせいかもしれないと思いつつも、気になって目を凝らそうとしたところで、イノリに呼ばれる。

 振り向くと、香坂会長に妹の胸に抱かれていて、小さなうめき声すら聞こえてくる。


 忘れてたい黒歴史を思い出させる状況に、顔を顰めそうになるのをどうにか抑える。イノリを窺うと、眉をハの字にして困った顔をされる。


 部屋から出てけ、ということか。

 長くなりそうだし、前はなったしな。


 1つ頷いてみせ、ポケットからスマホを取り出して表面を叩く。

 なにかあればこれで。


 そんな気持ちを込めたが、はたして無言のやり取りでどこまで伝わったか。一応、イノリは頷いたので、音を立てないように部屋を出る。

 蝶番ちょうつがいすら鳴かせず、ゆっくりと扉を閉める。


「あつ」


 別世界のように湿気と熱気がこもった廊下に思わず零れる。気温差で、結露のように額を濡らす汗を拭いながら、このあとどうしたものかと考える。


   ☆★☆


 ――ちょっと外へ出てくる、会長の家の鍵は任せた。

 心と体の両方で居心地の悪さを覚えて、イノリにスマホでそうメッセージを送る。

 扉越しとはいえ、あの状況だ。声をかけるのは憚られた。


 廊下も蒸し暑かったが、外に出ると容赦のない太陽の光が襲いかかってくる。

 今日の空は雲1つない快晴で、隠れる気がさらさらないお日様が元気よく照っていた。


「とりあえず、コンビニでも行くか」


 ひんやりしたい。ついでに水分補給も。

 近くにコンビニはあるかなとスマホで探して、徒歩5分内で見つける。香坂会長の家が住宅街なのもあるだろうが、やっぱりコンビニはどこにでもあるんだなぁと小さく感心する。


 たった5分。されど5分。


「……汗がとまらん」


 炎天下ではそのたった5分歩くだけでも、巨大なサウナ施設を歩いている気分になる。途中、電柱にとまっていたセミが目の前を横切って驚かされ、今後は肝も冷える。

 夏は嫌だな、と季節を嫌うには十分な理由を体験していた。


「はぁぁあ」


 見慣れたコンビニについて、その強すぎる冷房に人心地つく。

 温暖化が進むやら電気代が高くなるやらと言われているが、やはりエアコンは生きていくのに必須だと全身で感じる。


「ジュース、アイスぅ」


 俺自身が溶けそうになりながら、ひとまず飲料の棚に向かって……見たことのある女の子を見つける。


 肩口で切り揃えられた夜空色の髪。

 前髪の一房だけが白く、流れ星のようで。

 満天の星空を見上げたような、輝く星の瞳が俺を映した。


仔星こぼしさん?」


 夏休み直前に転向してきたばかりの彼女は、覇気のない顔で俺をじーっと見つめてくる。

 なんか言ってほしいんだが。

 人離れした美貌の、どこか神秘的な仔星さんに見られていると、どうにも落ち着かなくなる。座ってないけど、座りが悪い。そんな間隔だった。


 1分か、2分か。

 一頻り黙っていった転校生が、薄い唇をようやく開いた。


「……誰?」


 涙のように、頬を汗が流れた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?