引き出しの中身。
それは、香坂会長とようくんとの思い出であり、繋がりのあった証拠だった。誰もがなかったと口にしていても、確固たるものとして残っている。
2人は幼馴染だという先入観があって、こういうものが出てきて当たり前だと思っていたが、そうではない。
誰もが香坂会長とようくんは幼馴染ではないという世界。もしかしたら、自分の方がおかしいんじゃないのか。そう思ってしまう状況で、自分の記憶や思いは正しかったんだと示すものが出てきた。
それは今置かれている状況が異常だと照明するもので――なによりの心の支えになるものだ。
俺はもう1度『ようくんの成長記録②』を手にとって、中身を改める。
「香坂会長」
「いかがしましたか?」
「会長は、ようくんを幼馴染と妄想しているだけの、ストーカーというわけじゃないですよね?」
「ち、……違いますがっ!?」
「声上擦ってますよ」
なんか、これが証拠だーって思って見てみても、盗撮というか、ようくんがカメラを意識していない写真が多いんだよなー。
そもそも、この部屋の窓から撮ったもので、ようくんが無防備なものが多く、一層盗撮やストーカーを連想させる。
「寝てる写真まであるんですが」
「り、稟議を通して承認は得て盗み撮りしています!」
「盗み撮りの時点でどうかと思うんですが、誰が承認を?」
「ようくんのお母様!」
家族ぐるみの盗撮って怖すぎないか。
結局、本人じゃないし。
しらーっとした目で見ると、さすがにバツが悪いのか目がこれでもかってくらい泳いでいる。手遊びをして挙動不審になる姿には、理知的な生徒会長という印象は
やっぱり高校3年生は変人ばかりか。
そんな諦観を感じつつ、香坂会長に『ようくんの成長記録②』をぽんっと手渡す。
「え、あの……」
手元のアルバムと俺を交互に見て戸惑う香坂会長に、深く頷いてみせる。
「香坂会長とようくんは、確かに幼馴染でした。それだけは間違いありません」
「……あ」
言われて、俺と同じことに思い至ったのか、壊れ物を扱う手つきでアルバムを持ち上げる。
「そうですね、そう、なんですね……っ」
大事そうにアルバムを胸に抱き、俯く。
香坂会長の肩が震えて、ぽたりぽたりと雫がフローリングを濡らす。
そっとイノリが寄り添ったのを見て、俺は彼女たちに背中を向ける。
俯いているから表情は窺えない。泣いているかどうかなんてわからないけど、どうあれ見るべきではないだろう。
妹であれ、そんな情けない姿は見せたくなかったしな。
たとえそれが実だろうと、義だろうと。
嗚咽が聞こえてくる後ろを極力意識しないよう窓の外を見ると、向かいの部屋のカーテンが揺れた……気がした。
「ん?」
気になって目を凝らしてみても、窓は閉まったまま。
カーテンは揺れていない。
誰かいるのか? と考えてようくんの顔が浮かぶ。
夏休みの日中だ。ようくんが部屋にいてもおかしくはない。
「義兄さん」
気のせいかもしれないと思いつつも、気になって目を凝らそうとしたところで、イノリに呼ばれる。
振り向くと、香坂会長に妹の胸に抱かれていて、小さなうめき声すら聞こえてくる。
忘れてたい黒歴史を思い出させる状況に、顔を顰めそうになるのをどうにか抑える。イノリを窺うと、眉をハの字にして困った顔をされる。
部屋から出てけ、ということか。
長くなりそうだし、前はなったしな。
1つ頷いてみせ、ポケットからスマホを取り出して表面を叩く。
なにかあればこれで。
そんな気持ちを込めたが、はたして無言のやり取りでどこまで伝わったか。一応、イノリは頷いたので、音を立てないように部屋を出る。
「あつ」
別世界のように湿気と熱気がこもった廊下に思わず零れる。気温差で、結露のように額を濡らす汗を拭いながら、このあとどうしたものかと考える。
☆★☆
――ちょっと外へ出てくる、会長の家の鍵は任せた。
心と体の両方で居心地の悪さを覚えて、イノリにスマホでそうメッセージを送る。
扉越しとはいえ、あの状況だ。声をかけるのは憚られた。
廊下も蒸し暑かったが、外に出ると容赦のない太陽の光が襲いかかってくる。
今日の空は雲1つない快晴で、隠れる気がさらさらないお日様が元気よく照っていた。
「とりあえず、コンビニでも行くか」
ひんやりしたい。ついでに水分補給も。
近くにコンビニはあるかなとスマホで探して、徒歩5分内で見つける。香坂会長の家が住宅街なのもあるだろうが、やっぱりコンビニはどこにでもあるんだなぁと小さく感心する。
たった5分。されど5分。
「……汗がとまらん」
炎天下ではそのたった5分歩くだけでも、巨大なサウナ施設を歩いている気分になる。途中、電柱にとまっていたセミが目の前を横切って驚かされ、今後は肝も冷える。
夏は嫌だな、と季節を嫌うには十分な理由を体験していた。
「はぁぁあ」
見慣れたコンビニについて、その強すぎる冷房に人心地つく。
温暖化が進むやら電気代が高くなるやらと言われているが、やはりエアコンは生きていくのに必須だと全身で感じる。
「ジュース、アイスぅ」
俺自身が溶けそうになりながら、ひとまず飲料の棚に向かって……見たことのある女の子を見つける。
肩口で切り揃えられた夜空色の髪。
前髪の一房だけが白く、流れ星のようで。
満天の星空を見上げたような、輝く星の瞳が俺を映した。
「
夏休み直前に転向してきたばかりの彼女は、覇気のない顔で俺をじーっと見つめてくる。
なんか言ってほしいんだが。
人離れした美貌の、どこか神秘的な仔星さんに見られていると、どうにも落ち着かなくなる。座ってないけど、座りが悪い。そんな間隔だった。
1分か、2分か。
一頻り黙っていった転校生が、薄い唇をようやく開いた。
「……誰?」
涙のように、頬を汗が流れた。