気まずさが部屋に満ちる――というと語弊があるかもしれないが、俺は息が詰まるような重さを感じていた。
鍵をかけてまで閉まっていた幼馴染との思い出の品。それが香坂会長にとってどれだけ大切なものなのか、想像はできる。
悪ふざけではなく、調査という立派な理由はある。かといってなんでもかんでも踏み込んでいいものでもなかった。
どうするか。
二の句を告げず、ただただ困っていると香坂会長は手の上に乗せていた車のおもちゃを机の上に置いた。そのままこちらを見て、苦笑するような淡い微笑みを浮かべた。
「お気になさらず。今の私にとって大切なのは、“幼馴染”という関係を取り戻すことにあります。これが必要なことなのは、私自身理解しております」
「だけど……」
どう言えばいいのか。
一瞬、香坂会長から視線を外して考えて、もう一度彼女を見る。
「誰かに見せるようなものじゃなかったでしょう?」
でなければ、鍵なんてかけない。
「……、それでも、今だけは」
「そうですか」
ならいい、と納得したわけじゃない。
目を伏せて、言葉にしないでも伝わってくる微かな悲しみに、これ以上追い込むのもよくないと思っただけだ。
率先して、彼女が机を調べていたのも、無意識の抵抗だったのかもしれない。
胃の腑に堆積するモヤモヤした感情のせいで体が重くなる。かといって、悲壮の覚悟とまでは言わないでも、香坂会長が決めたことだ。じゃあいいですとは言えない。
頭の後ろをかいて、「失礼します」と区切りをつけるように伝えると、「お願いします」と小さく頭を下げられた。
改めて見ても引き出しの中身は、子どものおもちゃ箱にしか見えない。物が少なく、モデルルームのように生活感の薄い香坂会長の部屋とは対照的で、彼女の部屋にあるのは違和感があった。
香坂会長の趣味ではない。だからこそ、大切なのだとより浮き彫りになる。
「といっても」
なにから見ればいいやら。
勉強机にあるワゴン、その引き出しとはいえ物は多い。それだけ長く幼馴染の『ようくん』と一緒にいて、少しずつ思い出をこの中に詰め込んできたんだろう。
「あー、これ」
ふと、目についたバネのようなおもちゃを手に取る。
「お祭りで見たことある」
「スプリングです」
開いた引き出しを挟んで、いつの間にか正座をしていた香坂会長が名称を教えてくれる。そうか、スプリングっていうのか、この7色のおもちゃは。
「階段とかで使うと、勝手に落ちていくんですよね」
「義兄さんも昔やってましたよね」
俺が懐かしさに感想を漏らしていると、イノリも調査の手をとめてこっちに寄ってきた。後ろで屈むようにして、スプリングを乗せた手元を覗いてくる。
「それは小学生1年のとき、ようくんとお祭りに行ったときに貰ったものです」
懐かしむように香坂会長が目を細める。
「両親が厳しく、危ないからとお祭りに行かせてもらえなかったのですが、ようくんが窓から顔を出して一緒に行こうって誘ってくれたのを、今でも覚えております」
「優しい人なんですね」
「はい! ようくんはそれはもう優しくて……!」
イノリのようくん像が琴線に触れたのか、ぐっと両拳を握って香坂会長が顔を紅潮させ力説する。どれだけようくんが優しくて格好いいかを。
「普段は大人しくて、学校でも目立つような存在ではありませんが、私が困っていると必ず手を差し出してくれるんです! ようくんは生徒会ではありませんが、それでも私のために雑務の手伝いをしてくれますし、遊びもなく面白みのない私をいつもいろんなところに連れ出してくれて……っ!」
「そう、なんですね?」
「はいっ! それだけではなくようくの部屋で一緒に勉強も――」
川が反乱したような、とめどない香坂会長の勢いにイノリが頬が引きつっている。黒い瞳だけを俺に向けて、『義兄さんどうにかしてください!』と目で語ってくる。
俺はにっこり笑ったあと、目を伏せる。
反乱した川に近づいちゃいけないという、当然の危機管理を怠ったイノリが悪い。
なにやら非難めいた声ならぬ声が聞こえてくるが、怒涛のような「それでようくんが」「でもようくんが」というようくんコールでかき消される。
香坂会長、幼馴染が絡むと人が変わるというか、感情の動きが激しくなるな。
初対面のときは堅物で感情の薄い生徒会長にも見えたのだけど。
ちらりと窺った香坂会長の横顔ははつらつとしていて、クールさの面影もない。
幼馴染ねぇ?
白い肌を赤くして、熱のこもった声に感じるものがあるけど、それを会ったばかりの俺が指摘するのは野暮というものだろう。
今回のことを解決に導くのが、なによりの応援か。
俺自身の問題すらままなってないんだけどなー。
へ、と自嘲するように笑って、もう少し引き出しの中を
気になっていたのは奥に並んだファイル。
なにかな、と思いつつ手に取って開いて、すぐにわかった。
「アルバムか」
時系列順になっているのか、幼少期であろう香坂会長と、隣に泣きべそをかいた男の子が手を繋いで写っていた。
これこそ見ていいのか?
心配になって香坂会長に確認すると「問題ありません」と返ってきて、そのままようくん語りに帰っていった。
遠い目をし始めた妹がいた気もしたが……一旦見なかったことにする。
パラパラと捲っていくと、段々と2人が大きくなって……。
「幼馴染ばっかなんだが」
最初こそ香坂会長と写っているものが多かったが、時代が進むにつれて幼馴染であろうようくんばかりが被写体になり始める。
小学生の卒業式で終わったアルバムを閉じる。背表紙を見る。
『ようくんの成長記録①』
すぅ――――……。
アルバムじゃないのかよ! しかも①って。
引き出しの奥にはまだアルバムが並んでいて、入れ替えで②を取ってみると、中学の入学式から始まっていた。
さっと目を通すと、相変わらずようくんばかりで、中学2年であろう辺りから水着とか、着替え途中みたいな際どいのも写り始めて……。
「なにかわかりましたか?」
「いいえなにもわかりません」
「……? そうですか」
なにもわかってなさそうな香坂会長が、不思議そうにしている。
不思議なのはこっちなのだが。
心が冷めていくのがわかる。生徒会長の闇を見たようだった。
真面目な人ほどのめり込みやすいというのは、本当なのかもしれない。
引き出しに鍵をかけていた意味が根底から覆ったんだが。
これ、単純にようくんが距離を置いただけとかないよな。
なんだか、香坂会長よりもようくんの方が心配になってきて、ふと『あれ?』となる。
改めて引き出しの中を見る。
そこには香坂会長とようくんの思い出が収まっている。
「……あったな」
2人が幼馴染だと、関係を示す証拠が。