魔法騎士は、野盗とはそもそも目的自体が違うんだよな。
野盗は、己の欲望を満たすために命を散らしにやって来るが、魔法騎士は命じられて命を落としにやって来る。
野盗どもは、自分ならば秘宝を手にして凱旋できるはずだと甘い夢を見ているが。
魔法騎士たちは、精霊の呪いは、そんなに甘いモンじゃねぇと知っている。
生きては帰れぬと承知の上で呪いに足を踏み入れるのは、それが任務だからだ。
討伐すると宣言はしたものの、魔法騎士はその場から動こうとはしなかった。
腰に括りつけている革袋から、何かを取り出し、口に含む。
んー? 丸薬か?
まあ、能力を向上させる類の薬なんだろうさ。
しっかし、悠長だな?
そういうのは、呪いに踏み込む前に済ませておくもんじゃねぇのか?
「ふぅ。本体に近づかなければ、すぐに贄にとされるわけではなようだな。猶予があるのは、助かる。これが、トドメの一粒だ。…………効果があるといいんだがな」
あー?
なるほど。突入前にも、すでに服用済みなワケね。
で、余裕があるなら、せっかくだからもう一粒いっとこうってコトか。
「百年に一度、大陸北部を襲う大日照り。日照りによる荒野化が進む中、精霊の森だけは緑を失わなかった。薔薇の秘宝がもたらす加護のおかげだと言われている」
丸薬を噛み砕き、飲み下すと、魔法騎士は語り出した。
薬が効いてくるまでの時間稼ぎ……つーか、時間つぶしか?
ま、お客人がおしゃべりになるのは、よくあることだ。
酒を飲んで口が軽くなるみてーなモンだ。
野盗どもと違って、訓練を受けている魔法騎士は呪いの魔力でラリッたりはしねぇが、それでも全く影響を受けないワケじゃねぇってこった。
娯楽に飢えてるオレとしちゃ、大歓迎だ。
出来れば、まだオレが知らねーような新情報を頼むぜ?
「それ故、我が国だけでなく、周辺諸国は秘宝を求めた。森の王国と、婚姻により縁を結んだりもした。最後の薔薇王妃は、隣国から嫁いだ姫だった。最後の薔薇王の妹姫は、我が国の貴族の元へ輿入れした。みな、あの手この手を使って、秘宝の秘密を探ろうとした」
いや、そういう誰もが……は大げさだが、それなりに世に知られている話はいいんだよ。
もっとこうさぁ。
魔法騎士だから知ってる秘密みてーなのを教えてくれよ?
「精霊の森がなぜ呪われたのかは、今もって不明だ。巷に流布するお伽噺では、秘宝を狙う諸外国の侵略から秘宝を守るため、などと言われているがな。森の周辺は日照りの影響で荒野となっている。にもかかわらず、森が、精霊の森だけが無事でいられたのは、秘宝のおかげだ。なのに、その秘宝を奪われたら、森はお終いだからな。どうせ滅びるのならば、いっそ……というわけだ」
ま、お伽噺じゃ薔薇の秘宝ってのは、精霊の力を秘めた薔薇の形をした宝石だって言われてるからな。
だが、実際にはそうじゃねぇ。
「薔薇王家は、精霊を祀っていた。精霊を祀るということは、精霊と何らかの契約を結んだということだ。薔薇王家は、日照りに対抗する術と引き換えに、何某かを捧げる契約を結んだはずだ」
ま、そうだ。
精霊は、ただで人間に力を貸したりしねぇ。
さすが、魔法騎士様は分かっていらっしゃる。
「契約によりもたらされた加護……あるいは、契約そのもの。それこそが、秘宝なのだろうな。我が王は、精霊の力を秘めた美しい宝石が呪いの奥で眠っているのだと信じているようだがな」
魔法騎士は皮肉気に笑った。
王様は野盗と似たか寄ったかのお考えの持ち主ってことみてーだな?
そいつは、お気の毒さまなこった。
魔法騎士ってのは、自身の欲望のために命を散らしに来るわけじゃねぇからな。
まあ、中には功名心に踊らされた野盗に近い輩もいないことはねぇけどな?
魔法騎士が生きては帰れないと承知で呪いの招待に応じるのは、それが王命だからだ。
今回、派遣されたのは、多分コイツだけじゃねぇ。
何人か送り込まれた魔法騎士の内、運悪く招待状が届いたのがコイツだった。
だから、コイツはここにいる。
白薔薇様に選ばれなかった奴らは、今頃ホッと胸を撫でおろしていることだろうぜ。
選ばれたのが自分じゃなくてよかったってな。
欲深い王様の野心のために死ななきゃらなねぇとは、ホントに御愁傷様だぜ。
「精霊がまだ生きているならば、精霊を討伐せねば秘宝は入手できないという進言を王が受け入れてくれたのは幸いだった。おかげで、予算も確保でき、対策を練ることも出来た」
へーえ?
本心はどうあれ、命じられたら唯々諾々と散りに来るだけなんだと思ってたが、そういうワケでもねぇんだな。
まあ、予算がついて対策を講じられたからってどうにかなる相手でもねぇんだが、応援だけはしているぜ!
手助けは、してやれねーがな!
「百年に一度の大日照り。日照りと共に広がる荒野。日照りの直前に芽吹く呪い。荒野化と呪いの関係は判明していないが、無関係とも言い切れない以上、放置しておくわけにもいかないからな。私も魔法騎士だ。どこまで通じるかは分からないが、大陸の未来のため、礎となろう」
魔法騎士は、ここでようやく剣を抜いた。