お次のお客人は、呪いの最奥じゃ、初めてお目にかかる類の御仁だった。
老齢のご婦人だ。
どん底で朽ちていくくらいなら一か八かで一攫千金に賭けてみようと乗り込んできた強欲婆とかじゃねぇ。
ご婦人だ。
旅の軽装に身を包んじゃいるが、仕立ては悪くねぇ。
つまり、金に困ってるワケじゃねぇ。
老齢のご婦人とは言っても、アレだ。
こんなところまでやって来るくらいだからな。
足腰も頭の方も、しっかりしているみてぇだな。
呪いに中てられたのか興奮はしているようだが、それでも瞳には知性が宿っている。
瞳は、ギラギラではなく、キラキラと輝いていた。
欲望ギラギラじゃなく、夢がキラキラなお目目でやって来るお客人も、まあ、いないワケじゃねぇ。
呪いを解いて美しい薔薇の姫君を救出する英雄を夢見てやって来る、夢見がちな貴族の若造なんかも、たまーに選ばれて散りに来たりするからな。
だが、年老いたご婦人でその手の類は珍しい。
ってか、ここじゃ、初めてお目にかかる。
ついでにいうと、人間たちの住む街中で会ったとしても、割と風変わりな御仁だとは思う。
野盗のように粗野ではないが、礼節を弁えた淑女かというとそうでもない。
まだ開いてく途中の茨に突進するなんてはしたない真似はしちゃあいねぇしが、導きに合わせて一方通行の茨道を進みぬけてきたご婦人は、ご婦人にしては意気揚々と最奥の間に乗り込んできた。
サクサクと白灰の上を歩き、閉じた茨から少し距離を取って立ち止まったのは魔法騎士と一緒だが、背後の茨を警戒してのことではなく、感極まっての自然な行動みてーだな。
ご婦人は足を止めると、何かを向かえ入れるみたいに大げさな仕草で腕を大きく開いて、こう言った。いや、叫んだ。
「素晴らしい! その白薔薇が、森の精霊にして薔薇の秘宝、かつ、呪いの正体というわけだね!」
歓喜に満ちた声だった。
年の割に張りのある声は、よく響いた。
下手すりゃ魔法騎士よりも情報通な発言が気にはなったが…………。
ちいとばかし、うるせぇ。
もうちょい、年相応に落ち着いても、いいんじゃねぇか?
半眼で見つめる先でご婦人は、開いていた手を閉じ、祈るように胸の前で組んだ。
「昨日、白薔薇に招待された魔法騎士は、未だ戻っていないと小耳にはさんだのだ! つまり、私の前に少なくとも一人は、呪いの贄となり糧となったはずだ! だというのに、陰惨な気配はなく、血なまぐさい匂いもしない! 人を一人喰らった呪いの現場とは思えない、清々しい空気! 神聖ですらある!」
ご婦人は暑苦しい口調で滔々と語った。
あー、うん? そうだな?
てゆーかよ?
秘宝を探しに来たんでも、精霊を倒しに来たんでもなさそうなんだが?
何しに来たんだ?
面食らっていると、ご婦人はまた手を前に突き出し、小刻みに上下させながら、その場でグルグルと回り始める。
落ち着きが、ねーな?
「その昔。一夜にして滅んだとある魔法大国から落ち延びた王子がいた。王子は放浪の末、とある森の奥で美しい精霊の姫と出会い、恋に落ちた。王子は精霊の姫と結ばれ、国を興した。
やがて、王が永眠すると、精霊の王妃はその身を薔薇の宝石に変え、眠りについた。精霊の力を宿した宝石は、薔薇の秘宝と呼ばれ、王家に伝わる家宝となった。
秘宝に込められた加護の力により、森は豊かさに恵まれ、王国は小さいながらもよく栄えた。百年に一度の大日照りで周辺諸国が渇きに喘いでも、精霊の森だけは乾きを知らず、瑞々しい緑を保ったままだった。
しかし、ある時、王国は一夜にして滅んだ。
森は、黒炭のような茨となった。
草も木も虫も獣も鳥も人も家屋も国も。
森に在ったすべては、茨の呪いに呑まれて消えた。
呪いの森の最奥には、精霊の王妃の化身でもある薔薇の秘宝だけが、在りし日の姿のまま目覚めの時を待っているという」
ご婦人は、薔薇のお伽噺を朗々と語り上げた。
精霊と呪いを研究する学者か何かなのかもしれねーな。
語り終えたご婦人、いやさ老学者は、グルグルを止め、大股で一歩白薔薇に近寄ると、腕組みをした。
まじまじと白薔薇を見つめ、また語り出す。
「精霊の森と薔薇の王国が呪われた原因は、不明とされている。秘宝を狙うどこぞの国が森を焼き払って秘宝を奪おうと考え、森に火を放ったため、精霊の王妃が目覚めて、余所者に奪われたりしないように森を呪い、再び眠りについたのだという説もあれば、余所者に誑かされた王女が秘宝を奪って駆け落ちしようとしたため、森を愛する精霊の王妃が怒って王国ごと森を呪いで閉ざしたという説もある。ああ、他国からの侵略説では、後継ぎの王女だけは呪いを免れ、秘宝と一緒に眠りについたとも云われているな。市井で流布しているお伽噺としては、この説が人気のようだな!」
老学者は淀みなく語った。
語り慣れている。
本当に学者で、講義慣れしてるのかもな。
呪いの原因についちゃ、オレも知ってるわけじゃねーけどよ。
たぶん、どっちも違うと思うぜ?
やっぱ、精霊と呪いのことに関しちゃ、学者よりも魔法騎士の方が…………と思ったが、なかなかどうしてな見識がこの後に続いた。
「お伽噺を盛り上げるための設定なのだろうが、精霊と人が婚姻して子を為すなどあり得ない。だから、ここでいう婚姻とは、精霊との契約のことを指す。百年に一度この地を見舞う日照り災害から逃れるために、精霊と契約を結んだのだろう。薔薇の秘宝とは、契約によってもたらされた恩恵のことだ」
そうだな。オレもそう思うぜ?
それで、あんたは精霊の呪いについて、どう考えてるんだ?
その様子じゃ、お伽噺に納得してるワケじゃねーんだろ?
もったいぶらずに、そいつを早く教えてくれよ?
だが、呪いでラリッているせいなのか、話は思わぬところに飛んだ。
「精霊とはつまり、魔物なのだ。白薔薇の魔物が人と契約したことで精霊となった。そういうことなのだろう? 白薔薇の魔物君?」
ニンマリとした笑みを口元に刻みながら、老学者は言った。
へーえ?
こいつは、おもしれぇ。
学会とやらでぶちまけたなら、たちまち異端児扱いされんだろう。
とはいえ、そいつは魔物界隈じゃ常識なんだがな?
ま、幸いにして、ここにはキーキー騒ぐ人間どもはいねぇからな。
満足いくまで、存分に語ってくれや?