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精霊と魔物

 魔物のオレとしちゃあ、人間と契約した魔物が精霊と呼ばれるようになる、くらいの感覚だ。

 人に倣って精霊と呼んじゃあいるが、その本質が魔物だってことを忘れたことはねぇ。

 まあ、なんつーの?

 ほらよ、人間だって、野盗とか魔法騎士とか学者とか、まあいろいろ分類できるだろ?

 それと同じだ。

 老学者のことを人間じゃなくて老学者とか呼ぶのと同じ感覚だ。

 同じ感覚で、人と契約した魔物のことを精霊呼びしているってだけだ。

 ま、人間の方は、魔物と精霊は別物だと思ってるみたいだけどな?


「もちろん、こんなことを公言したら、たちまち異端児、もしくは狂人扱いされるだろう! 民衆は、魔物は人に害をなすものだが、精霊は祀ることで人に加護を与える神聖な存在だと信じているからな!」


 老学者、いやさ学者先生は、両手を激しく振りながら右へ左へと行ったり来たりを始めた。

 忙しなく体を動かしながら、熱弁を振るう。

 禁断の言葉を口にしたのに糾弾する者は誰もいないからか、枷が外れちまったのかね?

 最高潮ってな感じだ。


「精霊との契約には、代償が伴う!」


 その通りだが、またポンポン話が飛ぶな?

 繋がってないってワケじゃねぇんだが、前後の脈絡ってもんがよ?

 なんつーか、酔っ払いの話みてーだな?

 まあ、呪いでラリッちまってるんだから、酔っ払いみてーなもんだが。

 野盗とは、また違った方向へ極まっちまってるぜ。


「力あるものの血! それと、魔術的儀式を執り行うことによる魔力の増幅! この二つを捧げることと引き換えに、人は恩恵を得てきた!」


 うーん。そういうの、魔物には常識なんだがなー?

 出来ればもっと、人間ならではの知識や考察のご披露を頼むわ。

 目ん玉飛び出るくらいにぶっ飛んでて、おもしれー話なら、与太話でも構わねーぜ。

 そいつが真実である必要は、ねぇ。

 つまらねぇ真実よりも、おもしれー与太話の方が、価値があるってもんだからな。


「そして、精霊を祀る国やらで御神体とされるのは、古木、大木、湖、池、沼などが多い! 湖等が御神体の場合は、そこに棲んでいる主と呼ばれていた存在が精霊だった……などと語られている伝承もあるな!」


 だが、オレの期待に反して、つまんねー講義が始まった。

 学者先生は楽しそうだがな。

 まあ、人と契約して精霊になるのは、植物型の魔物や水生型の魔物が多いな。

 あいつら、自力じゃ別の場所に引っ越したり出来ないからよ。

 環境の変化とやらで弱っている時に人間から契約を持ち掛けられると応じやすいって、いつだったか知り合った物知りな魔物に聞いたことあるぜ。

 その地の魔力を取り込んで生きている、人には害のない類の魔物が多いって言ってたな。


「伝承等で確認できている限りでは、精霊として契約相手に選ばれるのは、その土地に根差した……土着の魔物にほぼ限定されている! そして、契約によってもたらされる加護は、水害や日照り、特定の作物の豊作を約束するなど、自然に働きかけるものばかりなのだ!」


 学者先生はグワッと両手を前に突き出したポーズのまま足を止め、グオッと首だけを回し、カカッと白薔薇を見つめた。今にも涎を零しそうな顔で。

 話はつまんなくなってきたが、こいつを見ているのは、おもしれーな?

 見世物的な意味で。

 血飛沫の饗宴とはまた違った趣があるぜ。


「だから、土着の魔物なのだ!」


 舌なめずりしながら、学者先生は言った。

 オレ的にはつまんねーが、核心に迫ってはいるな?


「動物系の魔物であれば、環境が気に入らなければ、他所へ移ればいい! だが、土着の魔物は、そうはいかない! だから、土着の魔物……精霊にしても、人間からの申し出は渡りに船だったのではないか!?」


 学者先生は、体の向きを変え、白薔薇に向かって興奮剥き出しで問いかける。

 白薔薇は何も答えねぇ。

 そよ……と花弁を揺らすことすらしねぇ。

 魔法人形は…………ん? 興味深く拝聴している?…………ように見えるのは、オレの気のせい、それとも光の加減ってヤツかね?


「およそ百年に一度の深刻な日照り災害! 日照りに苦しんでいたのは、この地に住んでいた人々だけではなく、君も一緒だったのではないか!? 白薔薇よ!」


 まあ、そうだったんだろうな。

 人に請われたから情けをかけて、対価と引き合えに加護を与えたワケじゃねぇ。

 その契約は、白薔薇にも利がある話だった。

 だから、応じた。

 そういうことなんだろうよ。


「力あるものならば、君がただの白薔薇でないことは分かるはずだ! その当時、君のことを正しく魔物と認識していたのかは分からない! だが、人に害を及ぼさないのならば、善き魔物くらいには思われていたのではないか!?」


 そういうことは、あるな。

 オレも悪戯ばっかりしている時は、小鬼なんて呼ばれるがよ。

 気が向いて、夜の間に失せものを探して机の上にそっと置いておいてやるとかお手伝いっぽいことをしてた時期があったんだが、そん時は、小さき隣人とか呼ばれてたぜ。

 どっちも同じオレなんだがな?


「日照りに苦しんでいる真っ最中に、この地にいた術師的な存在が、藁にもすがる思いで精霊、あるいは善き魔物である君に、それなりの代償は支払うから何とか出来ないかと頼んでみたら、君にしても、その代償は渡りに船だった! そう! つまり! 力あるも者の血と儀式によって、君自身の力が増幅され、結果として日照りに打ち勝つことが出来た! こうして、契約は成立した! どちらにも利のある話だった! つまりは、そういうことなのではないか!?」


 嬉々とした顔で学者先生は、白薔薇に尋ねた。

 興奮のあまり、唾が飛んでいる。大分、激しく巻き散らしている。

 学者としての威厳やらは微塵も感じられねぇが、話の内容には同意だ。

 オレも、その辺りの線が濃厚だと思うぜ?


「また、あるいは! 魔力を秘めた可憐な乙女が、白薔薇を愛でながら、誰にともなく願いを口にした時! 偶然、棘で指を怪我してしまい、結果的に白薔薇の魔物に願いをかけながら対価を与えた形になり、うっかり契約が成立してしまった可能性もある! 偶然がうまくかみ合った結果としての契約だ!」


 …………その線は思いつかなかったな。

 だが、まあ、そういう感じに成立しちまった契約も、何処かにはあるかもな?

 物事の始まりってのは、意外とそんなもんだったりするのかもしれねーぜ。


「契約の儀式を重ねるごとに、精霊の力も強くなり、比例して加護の力も強くなると言われている! 精霊には、儀式の積み重ねにより力が増幅する性質があるのか! それとも! より強力な加護を求めた人間が、捧げる対価の量を増やした結果なのか!」


 あー?

 どっちもありそうではあるな。

 儀式によってもたらされる強化が重複していくってのは、有り得なくもないな。オレには縁のない話だが。魔物がみんなそうってワケじゃねぇと思うが、そういう類の魔物もいるとは思うぜ。

 で、後者については、まあ人間がやりそうなことではあるな?

 儀式の期間を長くして、手順を複雑にするくらいなら可愛いもんだが、手っ取り早く捧げる血の量を増やしたりとか、ありそうな話じゃねーか?

 まっとうな人間なら眉を顰めるんだろうが、オレは嫌いじゃねーぜ。そういう話。どちらかと言えば、好物だ。

 それにまつわる悲劇とやらを面白おかしく聞かせて欲しいぜ。


「そして、この話は! 呪い発生の仕組みにも関係してくるのではないかと思うのだが、どうかな!? 白薔薇君!」


 学者先生は、ツカツカと大股で白薔薇の園に近づき、盛大に唾を飛ばした。


 ……………………へーえ?


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