精霊と人の契約ってのは、呪いに転じやすい。
精霊はうつろわざるもので。
人はうつろうものだからだ。
精霊……っつーか、魔物には寿命ってもんがねぇ。
死なないわけじゃねぇが、寿命で死ぬってことは、普通はあり得ねー。
そもそも、成長もしねぇしな。
どうやって生まれるのかは知らねーし、興味もねぇ。
気づいたら、存在していた。それだけで、十分だろ?
精霊は永遠で。
人は刹那だ。
精霊には、今しかねぇが。
人には昨日も明日もある。
精霊は一途で単純だが。
人は……個としてはともかく、種としては気まぐれで多様だ。
精霊になるような土着の自然系魔物は、とりわけその傾向が強い。永遠気質ってヤツだ。
でもって、人は、代替わりを重ねることで、少しずつ別の何かに生まれ変わっていく。
なのに、お互い、その違いってヤツをよく分かってねぇのに安易に契約を結んじまうから、長い時の果てに齟齬が生じる。
――――とまあ、魔物であるオレは考えてるワケだが、学者先生のお説はどういったもんだか、聞かせてもらおうじゃねーか?
「そう! つまり! より強力な加護を得ようと対価を増やしていったことで、首が回らなくなったのだ! 欲をかいて自らの首を絞める! あっはっは! 如何にも人間がやりそうなことだな!」
あー。まあ、そういう側面もあるだろうなぁ。
複雑化した儀式を維持していくことが出来なくなったり、増やしちまった血の贄を確保できなくなったり。
でもって、一度増やしたそれを元に戻すことを精霊が許さなかったりすれば、なあ?
…………てゆーか、おまえ。
そこで、爆笑するってどうなんだよ?
仮にも人間だろ?
まあ、いーけどよ。
「あるいは、だ! 契約当時はその恩恵をありがたがっていたのに、次第に加護を与えられることが当然になってきて、等価交換ではなく搾取されているのではと強欲な勘違いをした挙句に対価を払わずに恩恵だけを得ようとして、精霊にぶち切れられたりとか、な! ふはははは!」
楽しそーだな、おい。
つーか、そっちはオレの考えに近いっつーか、言い方が違うだけで、同じようなもんだな。
個として永遠な精霊と、刹那を繋ぐことで永遠となる人との間に生じる齟齬が原因って話だ。
後は、あれだな。
技術が進んで、昔はどうにもならなかった難題が、人だけでも何とかなるようになって、対価に見合う恩恵じゃなくなったから、とかな?
精霊の永遠は停滞と同義だからな。
契約した時からずっと変わらない精霊と未来へと進んでいく人とじゃ、いつか必ず齟齬が生まれて破局に至るって寸法だ。
まあ、薔薇の契約が茨の呪いに転じた理由は、停滞と進捗による破局じゃなさそーだけどな?
日照りは今でも続いているワケだし、その加護の象徴である薔薇の秘宝は、今でも求められているんだからな。
んー。この白薔薇は偏食みたいだし、贄となり得る特殊な血筋が途絶えちまったとか、あるいは、たった一人残された贄が余所者と駆け落ちしちまったとか?
となると、加護を維持するための贄足りえる血こそが、薔薇の秘宝なんじゃね?
つまり、薔薇の秘宝は、とっくに森の外へと逃れていたってワケだ。
くっはは。この説、いいな。
とっくに外へ流れ出た秘宝を求めて命を散らしに来る人間ども! 滑稽だな!
ふはははは!
「君は、秘宝を奪うためにやって来て儚く命を散らしたどこぞの魔法騎士の置き土産ではなく、薔薇王家に縁の魔法人形なのだろう?」
ふおっ!?
こ、こいつ、何時の間に!?
新説の考察に耽っている間に、薔薇園を回り込んで来ていたらしい学者先生が、魔法人形の真横に立っていた。
すぐ真下から、内緒話でもするような囁き声が聞こえてきて、びっくりのあまり、肩から転がり落ちるところだったぜ。
あ、ちなみに。魔法で姿は隠しているから、オレのことには気がついていないみたいだな。
学者先生の頭は、魔法人形の肩と同じ高さだった。
熱のこもった目で、魔法人形のおきれーな横顔を見つめている。
何も答えてくれない白薔薇に愛想をつかしたのか、学者先生的にも呪いの話は終わった話になったのか。
なんにせよ、白薔薇を迂回してここまで来るヤツは、学者先生が初めてだぜ。
「記録によると、薔薇王家は魔法人形を所有していたらしいのだ。その魔法人形が、君なのだろう? だから、君は、君だけが、呪いに取り込まれることなく、ここに取り残されている」
なんで声を潜めているのかは謎だが、話の続きには興味がある。
コイツが薔薇の王様に仕えていた魔法人形ってのは、新情報だぜ。
だが、薔薇王家縁……どころか、当時森に在ったものはすべからく呪いに沈んだってのに、なんでコイツは無事だったんだ?
でもって、なんで取り残されたことが、薔薇王家所有の魔王人形の証明……みたいな言い方なんだ?
「君は、長い間ずっと、薔薇の魔力を取り込んで稼働していたのだろう? つまり、その体には、薔薇の魔力が行き渡り、浸み込んでいる。薔薇からしたら、君はもはや、薔薇の一部のようなものだったのではないのか? だから、君は呪いから免れた」
ああ! そいうことか!
納得だぜ!
なるほどな。森が呪いに沈むずっと前から、白薔薇の魔力を吸って、ほぼ眷属となっていたってワケか。
眷属だからなんじゃね?――――までは、オレも考えてたんだがよ。
なるほどねぇ。いやー、さすが学者先生。小魔物の浅知恵とは、ひと味違うねぇ!
「もしかしたら、君も契約の儀式に関与していたのかもな。だから、呪いは今もまだ生きている。薔薇王家の血の幾筋かは、婚姻により外へ流れた。君は、流れ出た王家の血の帰還を待っているのではないのか? 王家の血を取り戻したとき、呪いは解けるのだろうか?」
解放されたいオレとしては、ぜひとも採用したい説だな。
魔法騎士の気の長い毒餌作戦よりは、希望が持てそうだ。
いや、でも待てよ?
それだと、なんか、おかしいような?
「そうだとすると、きっと。白薔薇の招待状を受け取れるのは、薔薇王家の血に宿る魔法の力と近しい魔力を持つ者……ということなのだろうな。その血が王家縁のものか、判別できるのが魔法人形……ということだろうか? ふふ。だとしたら、出来れば、その儀式に立ち会いたいものだな」
ちょいと疑問を抱いたオレだったが、考えがまとまらない内に、学者先生は夢に憧れる少女のように頬を紅潮させ瞳を煌めかせながら魔法人形から視線を外し、白薔薇に向き直った。
まあ、いいか。
今は、出し物に集中しようぜ。
どうせ、考える時間はこの後、たっぷりとやって来るんだからよ。
「それでも、私の血が白薔薇のお気に召して、こうして呪いの場へ招かれたことを感謝しよう! 生きている間に、開花が間に合ってよかった! どうせ、どこにも発表できるものではないのだ! こうして、呪いの場へ足を踏み入れ、精霊をこの目で見ることができた! 精霊とは魔物ではないかという説に、確証が持てた! 呪いについての新しい見解を持てた! 満足だ!」
学者先生は、抱擁を強請るように両手を広げた。
白薔薇との逢瀬を待ち望んでいるかのように。
それは、終わりを意味するが、学者先生……老学者は新しい門出を祝うような顔をしている。
年老いた今だからこそ、招待に応じたのかもな。
「ああ! 呪いをこの体で体感しながら、終わりを迎えることが出来るとは! 何処にも発表できない説を自室でこねくり回しながら干からびていくよりも、よほど良い! 研究者冥利に尽きるというものだ! さあ! 白薔薇よ! この血を捧げよう! 呪いを解くことが出来ずとも、血を啜ることで日照りを生き延び、次の開花を迎えることが出来るのだろう? いつか呪いを解くための礎となるのならば、本望だ! さあ!」
老学者は一人で盛り上がっていたが、その終わりは今まで一番、呆気なかった。
白の上に赤をぶちまけることなく、その体は白灰に崩れ落ちた。
濃緑の檻が、ざわめいている。
いや、どういうことだってばよ?
混乱するオレに答えをくれたのは、大変珍しいことに魔法人形だった。
いや、たぶん、オレのために言ったんじゃないんだろうけどな?
「半分くらいは、合っていましたよ。ですが、ついに本命のお出ましです。もはや、延命するためだけの代用品に用はない」
魔法人形は薄っすらとした笑みを浮かべながら、正面の茨壁を見ている。
いつも、お客人が姿を現す辺りだ。
濃緑の茨同様、オレの胸もざわざわと歓喜に騒いだ。