何百年もの長きに渡る呪いに終止符を打つ…………かもしれねぇお客人は、小娘と若い男だった。
十五かそこらの小娘と、二十歳そこそこっぽい若い男。
憧れていた生き餌にすらなれずに白灰の砂と崩れた学者先生のご推察通り薔薇王家の血脈が帰って来たんだとすりゃ、その血を宿しているのは小娘の方だろう。
身なりは粗末だが、品がある。
男の方は小綺麗な面をしちゃいるが、中身の小悪党ぶりが滲み出ていやがる。
辺境の森の中にある小さな王国とはいえ、駆け落ちってんならともかく、嫁ぐとなれば相手も相応の家柄だろう。
となると、やっぱり、小娘の方が薔薇王家の血筋とやらで、男の方はどこかでそれを知って、貴女ならば呪いを解いて薔薇王家を復活できるとかなんとか調子のいいこと吹き込んでうまいこと連れだして秘宝だけを頂いちまおうって魂胆の詐欺野郎とかじゃねぇか?
小娘の身なりが粗末なのは、家には内緒で飛び出してきたからだろう。それなりの身分の小娘……が、どこぞご令嬢だとバレて連れ戻されたりしないように、男が買い与えた服なんだろうよ。
つーかよ?
これまで、お客人は一度につき一人だけってのが定番だったんだが、どういう風の吹きまわしだ?
今回、たまたまお眼鏡にかなう血が二人そろってのお出ましだったから招待状も二枚差し上げたってことなのか?
いや、だったら、学者先生が打ち捨てられたのは、なんでだ?
あー、こっちの小悪党の方も、実は薔薇王家の血を引いている?
ご落胤の生れの果てってヤツか?
それとも、だ。
ご令嬢……いやいや、薔薇王家の血を引いて、後継者としてここへ招かれたってんなら、お姫様と呼ぶべきか?
そうだな、そうしよう。
この小娘は、失われたはずの薔薇のお姫様だ。
その方が、話も盛り上がる。
えー、でだ。薔薇のお姫様のご帰還となれば、従者の一人も連れてなけりゃあ恰好がつかないから、お供として入場を許されたってことか?
……………………いや、ねーな。
精霊様は、そんなことは気にしねーだろ。
あ、待てよ?
契約の儀式をするための配役として、従者役が必要だってことは、有り得るな?
だとしたら、学者先生が生きていたら、大喜びしただろうな。
出来れば、儀式の実況役として生かしておいて欲しかったねぇ。
面白いお説が聞けたかもしれねぇのに。残念だぜ。
「わあー、すごいわ! 白薔薇様と薔薇の魔法人形! ご先祖様の手記に書いてあった通りだわ!」
「そうだな。茨の呪いは、正当な資格を持たない奴らから薔薇の秘宝を守るためのものだったんだよ。白薔薇の精霊は、森を呪いの茨で覆い、正当な後継者を待っていたんだ。俺の言った通りだったろ?」
ふっおー!
キタ、キタ、キター!
学者先生のお説の通りー!
小娘……いや、正真正銘の薔薇のお姫さんは、胸の前で手を組み、頬を薔薇色に染め、瞳をキラキラさせてやがる。
いやー、オレも真似したい気分だぜ!
ご先祖様の手記ときた!
もう、こりゃ、間違いないだろう!
しっかし、天真爛漫な箱入り姫って感じだな!
たぶんだがよ。兄弟が大勢いるそこそこの家柄の、コイツは末の姫とかなんだろうよ。
そのせいで、よく言えばある程度の自由があり、悪く言えば目が行き届いていない。
だから、悪い男に目をつけられて、こんなところまで連れて来られちまった。
その結果が、どうなるのかは、オレも興味津々だぜ!
「あなたに、手記のことを話してよかったわ。信じてくれて、ありがとう。ここまで連れて来てくれて、ありがとう」
「当然だろう? さあ、白薔薇様の元へ行こう。これで、おまえが白薔薇様に、正当な薔薇の姫だと認めてもらえれば、俺たちは……」
「そ、そうね。これで、私が白薔薇様に認めてもらえて、私が真実薔薇の姫となれば、もう誰にも邪魔をされずに済むのよね」
「ああ。ここに、二人だけの王国を築くんだ」
「ええ…………!」
盛り上がって、見つめ合う二人。
いやー、その最中にも情報がポロポロ落ちてくるねぇ。
薔薇姫の方は、駆け落ちのつもりでここまで来たのか。
意に染まない政略結婚の話でも持ち上がってたのかもなー。
男に誑かされたのが先か、政略結婚の話が先かは知らんけどよ。
うーん、しかし温度差がひでぇなあ。
薔薇姫の方は、完全に男に逆上せ上がっちまってるけどよ。
男の方は、姫にも二人の王国にもさして興味はなさそうだぜ?
男の言葉は、風に舞う白薔薇の花弁よりも薄っぺらい。
おまけに、薔薇姫を見つめる時よりも、白薔薇を見つめる時の方が視線に熱がこもっている。それも、野盗同様のギラついた熱だ。
薔薇の秘宝にしか興味ありませんって、あんなに分かりやすく主張しているのになー?
恋は盲目だねぇ。
まあ、薔薇の魔力に中てられて、自分に都合にいいもんしか見えてねぇってのもあるんだろうけどな。
お目当ての秘宝が、持ち帰って売り払えるようなモンじゃねぇって分かったら、どういう反応するのかね?
でもって、それを見た薔薇姫は何を思って、どうするんだか。
気になるのは、呪いの行く末だけじゃ、なくなってきちまったな!