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契約と呪い

 その時、実際何があったのかは分からねぇ。

 だが、突き詰めちまえば、契約の対価が払えなかったから、その代償として、森の王国は森ごとまるっと呪われちまったんだろう。

 そう考えると、契約に依存しているのは、人よりも精霊の方なのかもな?


 高級な味を知っちまったら、もう安物には戻れねぇ……みたいにな?


 魔力を宿す血と、魔力を増幅してくれる魔法儀式。

 そいつを知っちまったら、もう自然に得られる魔力だけじゃ物足りなくなっちまったんだろう。

 それありきの自分を、それなしではもう、維持できなくなっちまった。

 そういうことなのかもしれねぇな。


 だから、呪いは起こった。


 対価が得られないから代償を求めたんだ。

 対価ありきの自分を維持するための代償を、な。

 その結果が、呪いって形で現れるってワケだ。

 何がどうしてそうなるのかは、分かんねぇけどよ。

 大雑把にいえば、そういうことなんだろうよ。


 長い年月を経て積み上げてきた契約ほど、呪いの規模がデカくなる。

 そうして、大抵は、一気に呪いが爆発して、そこで終わる。

 今しか見えてねぇ精霊は、後先考えずに、今そこに在るすべてを吸い尽くしちまって、結局共倒れってことなんだろうとオレは思っている。


 精霊も人も、一度覚えちまった蜜の味を忘れることは出来ねぇってことなんだろうよ。


 とりわけ、精霊はその傾向が強い。

 そもそも、今しか見えてねぇ精霊は、過去を振り返ることもしなけりゃ、未来に備えることもねぇ。

 そういう機能が、備わってねぇとも言える。

 今だけが、精霊のすべてなんだよ。


 そして、だからこそ。

 精霊の呪いってのは、規模はでデケェが、そこで精霊ごと終わりになっちまうことが多い。

 精霊の寿命は永遠級だが、死なねぇワケじゃねぇからな。

 呪いが発動した時に、その地に元からあった魔力もすべて吸い尽くしちまって、その後立ち行かなくなって、はい、さよなら。

 跡には、呪いの残骸だけが残されるって寸法よ。


 かつて、白薔薇が起こした茨の呪いは、森を黒灰に沈めた。

 だが、黒灰に沈んでから最初に訪れた大日照りの直前に、黒灰は濃緑に蘇り白薔薇を咲き乱れさせた。


 最初の開花は、消える直前の蠟燭の一揺らぎ、最後の一足掻きだったんじゃねぇかね?

 完全に死に絶える間際の絶叫のようなモンだ。

 人がそいつを見つけたりしなければ、そのまんま残骸になって、今度こそ完全なる黒灰に沈んだはずだ。

 だが、人は見つけちまった。

 その中に、ちょうど白薔薇好みの血の持ち主がいたのかもな?

 白薔薇はそいつを茨の中へ誘い込み、その血を吸い、生きるための糧とした。

 糧を得たおかげで、白薔薇は大日照りを生き延びた。

 精霊は生き延び、茨は世にも珍しい生きた呪いとなった。


 開花が大日照りの直前だけな理由は、まあ、深く考えても仕方がねぇだろ。

 精霊ってのは、単純なんだよ。

 動物よりも、単純かもな?

 精霊にあるのは、今を生きるっつー本能だけだ。

 それまでだって、日照りのない間は、黒灰に落ちて沈んでいりゃあ、細々とはいえ生きてこれたんだ。

 だから、これまでも同じように、日照りのない間は黒灰に沈み。

 日照りの直前で、耐えるための魔力が物入りになったら開花して糧を得ればいい。

 一度の成功体験を、すごく単純に学習しちまっただけなんだろうよ。

 開花しても、今度は誰も来ないかもしれないなんて、精霊は考えたりしないんだよ。

 そういう機能が、備わってねぇからな。


 ま、実際のところ、呪いを解呪するんじゃなくて、完全に沈めちまうってだけなら、理屈の上では簡単なんだよな。

 人が余計なちょっかいをかけなければ、糧の供給を断たれて、放っておいても白薔薇はいずれ枯れちまうだろう。

 つまりは、枯れるまで放っておけばいい。

 だが、まあ。

 一番簡単なことに思えるそいつが、人にとっちゃあ一番難しいんだろうな?

 欲深い人間どもには土台無理な話ってワケだ。

 人類が滅亡でもしない限り、まあ、そんな日は訪れねぇだろうよ。


 ま、そんなあり得ねぇ夢想は置いておいてだ。


 茨の森は今、一番あり得ねぇはずの結末を迎えようとしていた。

 薔薇姫と自称伴侶候補が白薔薇の園の前まで来ると、白薔薇はサアッと左右に分かれた。

 園だったところの中央には、白薔薇が一本だけ残されている。

 残された特別な白薔薇は、シュルシュルと伸びていき、姫の胸元くらいの高さで動きを止めた。

 だってのに、薔薇姫も自称伴侶候補も驚いた様子はねぇ。

 幸せな夢の真っ最中みたいな陶然とした顔で、トロンと中央の白薔薇を見つめている。

 白薔薇の魔力に中てられてラリッているのとは、違う。

 違うが、まあ、影響下にはあるんだろうな?


 契約の作法を間違えねぇように、支配下に置いたってことなのか?

 白薔薇がか? いや、ねぇだろ?

 それにより生じる魔力は求めているだろうが、やり方なんかにゃ、関知してねぇはずだ。

 とすると――――。


 オレが思い当たる前に、答えの方が動き始めた。

 オレを肩に乗せたまま、魔法人形は中央に進み出る。

 軽くおしゃべりくらいはするが、コイツが動くのは、オレがここに囚われてから初めてのことだった。

 すでに何度か開花を体験している。

 少なくとも数百年の間は、一度も体を動かしたことがねぇはずだが、そうとは思えない錆びつき知らずの滑らかな動きだった。

 すげえもんだよな、魔法人形ってのはよ。

 それとも、ほとんど精霊と同化しているようなモンだからってことなのか?


「ご帰還をお待ち申し上げておりました。薔薇の後継者よ。さあ、こちらへ。契約を果たしましょう」


 白薔薇の前に立つと、魔法人形は薔薇姫を誘った。

 薔薇姫はトロンとしたまま、誘いに応じ、白薔薇を真ん中にして魔法人形と向かい合う。

 白薔薇は姫の首の下辺りで咲いていた。

 長身の魔法騎士からすると、へその辺りだ。

 自己主張が激しそうだった自称伴侶候補は、騒ぎ立てず大人しく立ち尽くしている。

 脇に避けていた白薔薇たちが音もなく動き出し、オレたちを取り囲んだ。

 自称伴侶候補だけが、蚊帳の外だ。


 散り際の学者先生のご高察は正しかったみたいだな?

 魔法人形は、薔薇の契約に関わっている。

 いいや、関わってるどころじゃ、ねぇんじゃね?


 取り仕切っていたと言っても、過言じゃねぇかもな?


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