「さあ、薔薇に血を。血に薔薇を」
口上は簡素なものだった。
簡素にして、簡潔。
だが、何の問題もなく儀式は進行していく。
手記のおかげなんだか、魔法人形の支配下に置かれちまってるからなのかは、分からねぇ。
オレ目線では、手記で知ってる通りにこなしてるっつーよりは、操られてるっぽいんだよなー。
でもって、そいつは、ちょいと疑問ではある。
小娘が薔薇姫なら、魔法人形のご主人様のはずなんだよな。
だが、その割には、扱いがアレっつーかよ。
丁重にしているようでいて、その実、道具扱いっぽくね?
操り人形にして儀式を進めさせるとか、主に対してすることじゃあ、ねぇよな?
どっちかっつーと、アレじゃね?
どっかの王様が魔法騎士を毒餌に仕立て上げたみてーな風味を感じるんだが?
んー、ま。
細けぇことは、どうでもいっか。
儀式が復活するとなりゃあ、ガッチガチの茨の呪いも解けるだろうし、そうすりゃオレは晴れて自由の身ってワケよ。
それに、精霊の呪い解呪なんざ、下手すりゃ史上初ってヤツじゃねぇか?
となりゃ、こいつはじっくり、おがんとかねーとだぜ。
さーて。
オレが、ごちゃごちゃ考えてる間にも、儀式の方は恙なく進行中だ。
薔薇姫は白薔薇に手を伸ばし、その棘で指に傷をつけていた。
滴る血を、白薔薇の上に垂らしていく。
操られて夢見がちのせいか、ためらいはなかった。痛みも感じてないんだろう。
盛大に傷をこしらえちゃいたが、そうはいってもたかだが指先のことだ。
首と体がさよならしての派手な噴水に比べりゃ、ささやかなモンだった。
だが、赤を受け止める白薔薇は、かつてないほどに喜んでいる。
震えるような歓喜が、こっちまで伝わって来やがるぜ。
つーか、実際。
白い花弁は震えていた。
零れ落ちて来る赤を、美味そうに飲み干していく。
今までで一番、魔物みを感じやがるぜ。
これまでだって、もっとずっと陰惨と言ってもいい血の宴が幾度も開催されてきたワケなんだが、白薔薇そのものは、その時の方が神聖さを感じられた。
だが、今は。
正しく魔物だ。
血を吸って、歓喜していやがる。
喜んでいるのは、赤を受け止めている白だけじゃねぇ。周りを取り囲んでいる白たちも嬉しそうに騒めいていやがる。
ま、代表して、あの一本が受け取ってるだけで、根っこでは繋がってるんだろうよ。
つーか、今さらなんだが。
儀式に必要なのは王家の血筋じゃなくて、贄の血筋じゃね?
学者先生の言うことを真に受けて、うっかりその気になっちまったが、魔法人形は「薔薇の後継者」とは言ったが、王族を匂わせるようなことは、なんも言ってなかったんよな。
ま、どっちでも、いーんだけどよ。
しっかし、干からびるまで続けるくらいなら、いつもみてぇに一気にドバっとやってくれんだろうかとオレが儀式に飽き始めた頃、血の供給は止まった。
自然に血が止まったワケじゃねぇ。
魔法人形が小娘の指に魔法で治癒を施したんだ。
「さあ。対価を」
魔法人形の声が、朗と響いた。
つーか…………対価?
今、支払い終えたばかりじゃねぇのかよ?
それとも、今のはただの味見で、こっからいつものド派手なアレが始まんのか?
どういうことかと見つめる先で、白薔薇が動いた。
シュル……と身を伸ばし、白い体を小娘の口元へと近づける。
小娘は口を開き、差し出された白薔薇を食む。
赤を吸った白を食んでいく。
どういうことだってばよ?
血を吸い花弁を食らうことで、お互いの魔力を交換し合っている?
そうして高めた魔力を何度も交換し合うことで、より強い力を手に入れるってことか?
理屈としちゃあ、おかしくねーが、素人が思いつくようなことでもねぇ。
となると、お伽噺でうたわれていた、初代の薔薇王は滅びた魔法大国から落ち延びてきた王子だっつーのも、あながち与太じゃねーのかもな。
お伽噺を盛り上げるための装飾話だとばかり思っていたが、魔法大国の王子様御一行なら精霊のことに詳しいヤツがいてもおかしくねぇからな。
少ない贄でより高い効果を得るための創意工夫が辺境の森で開花しちまったってワケだ。
しかし、それだと呪いが解けるのはいつになるんだ?
未だガチガチに閉ざされた濃緑に視線を投げる。
消え去るどころか緩む素振りも見えねぇんだが?
よそ見してたらオレ専用の椅子が動き出した。
前を見たまま、後ろに下がっていく魔法人形。
器用だな、おい。
お?
伴侶候補の小悪党を爪弾きにしていた白薔薇の垣根が左右に分かれた。
魔法人形の交代に合わせて、垣根の外へ弾かれていた小悪党がフラフラ前に進み出てくる。
小悪党を招き入れると、垣根はまた閉じていった。
薔薇の後継者は、陶然とした面持ちで小悪党を待っている。
そして、小悪党が後継者の元へ辿り着き、その手を取ると、白薔薇は二人を取り囲むように半円を作り上げる。
オレを乗せた魔法人形は、その時には包囲網から逃れている。
二人は、白薔薇の繭に閉じ込められた。
衣擦れの音。くぐもった呻くような声。荒い息。濡れそぼる音。
あー、なるほど?
白薔薇の繭じゃなく、白薔薇の褥だったか。
「これで赤子が生まれれば、薔薇の王家が復興できます。王家の血を、存続できる……」
声が聞こえて、隣を見上げる。
その瞳が歓喜に輝いているような気がしたが、ま、光の加減ってヤツだろう。
なるほど。なるほどな?
後継者の小娘は、薔薇王家の末裔にして贄の末裔でもあったってことか。
民に血の災禍を負わせるわけにはいかないっつー、崇高なお心故か。
はたまた、契約に王族の血を絡めることで、血による支配を盤石なものにしようとした妄執故か。
ま、魔法人形が契約の番人してるってことは、後者なんだろうよ。
精霊への贄は王家の人間が担っていた……いいや、精霊に血を捧げ、力を交換し合う者こそが王となったんじゃねぇか?
そういう仕組みを作り上げれば、初代薔薇王の血筋のみが正当なる薔薇王家の後継者となり得るってワケだ。
魔法人形が契約の番人をしているのも、そういう理由だからだろう。
魔法人形は、主人に…………主人からの命令に忠実だ。
人間みてーに裏切ったりしねぇからな。
そして、魔法人形は主たる薔薇王の命令を愚直に実行したってワケだ。
そう。愚直にな。
だから、こういうことになっちまった。
契約は蘇った。
しかし、呪いは解けなかった。
呪いを下敷きにして、契約が続行されることになったからだ。
ご主人様が望んでいたのは、こういうことじゃねぇだろうと魔物のオレでも思うがよ。
ま、主を失くした魔法人形ってのは、こういうモンなんだろう。
命令に託された裏の意味とか真意とか、そういうモンを推し量ることは出来ねぇんだよ。
そういう機能が備わってねぇからな。
はて、さて。
哀れなのは、魔法人形なのか、人なのか、それともオレなのか?
傍から見ている分には、なかなか悪くねぇ顛末なんだけどよ。
こいつは、いただけねぇぜ。
真相なんて、分かんなくてもいいだよ。
面白ければ、それでいいんだからよ。
せめてよ、意識の方は残しておいて欲しかったぜ。
体だけ操り人形にされてぶちまけられた伴侶様の本音とそれを聞いた薔薇姫の嘆き。
さぞかし面白れぇ茶番劇になっただろうによ。
やっぱ、人は人だからこそ、面白れぇ見世物になるわけよ。
だってのによ。
人形が開催する、かつて人だった者たちの人形劇。
最高に面白くなさそうじゃね?
――――実に残念だぜ?