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輝きの黒

 山を下る途中で、平野部が見える。

 人が多く集まっているであろう街も見える。

 しかし、まだ距離があるからか、俺の視界は赤く染まらず、自然な色彩を保っていた。

 人の街のそれよりも、俺の目に燦然と映る「黒い光」に目を奪われていた。

 街を見下ろす位置にある丘の上だろうか?

 何か気になり、引き寄せられるようにその場に俺の足は向く。


 夕焼けで赤く染まる墓石に、寄りかかるように「黒い光」はいた。

 そこは墓地であった。

 いたのは、俺と同じ、白骨のスケルトン。

 周りには、数体のゾンビが不規則に徘徊している。

 しかし、そのスケルトンの立ち姿は自然。だが異様に映る。

 防具は装備していない。

 背中にはバツのようにクロスしている皮の鞘に収められた剣。

 そして骨盤にしたベルトの両側にも鞘に入った剣。

 四本の剣を使うのか?

 俺はそんな事に興味を惹かれ、細い鉄柵を乗り越え墓所に入る。


 俺が近付いていくと、スケルトンはぬるりと動く。

 腰から抜いた一本の曲剣で、踊るように回るように周りのゾンビを切り裂いていく。

 ゾンビは瞬く間に全滅した。

 そして奴は、俺の前で、その曲剣・シミターを構える。

 右手でシミターを持ち、左手で手のひらを上に手招きをしている。


「かかってこい」という事か。

 いいだろう。

 俺は一度、体を伸ばしてから、足を肩幅に開き僅かに腰を落とす。

 両手は拳を握らずに、半身の構えを取る。

 赤くない世界での戦いは、はじめてであった。

 この相手にどこまでできるのか。



 合図も予備動作も無かった。

 疾風のような突きが俺の眼前に迫っていた。

 反射的にしゃがむと、頭蓋骨がかすめる。

 その一瞬

 隙間を突くべく、俺は体を低く構え、反撃のタイミングを計る。

 瞬間

 斬撃が目の前を切り裂く

 だが

 離れて間を取るよりも、斬撃を受ける覚悟で踏み込む。

 肩を相手の体に当てる踏み込み。

 横にステップした奴は、右手の握りと左手で掴んだ切っ先をザっと伸ばす。

 下からの掌打。軌道をずらし、いなす。

 掌打を打った姿勢のまま、肘を打つ。

 肘を左手で受け、バックステップしながらのコンパクトな袈裟切り。

 尺骨を斜めに当てて受け流す。僅かに骨が削られる。

 バランスを崩した。近い。肋骨へ膝蹴りを入れる。当たるが浅い。


 スケルトンの俺たちには疲労はない。

 痛みも感じない。

 食事も睡眠も不要。

 恐怖も焦りも動揺もない。

 ただ黙々と戦い続ける。

 剣が風を切る音。

 拳が空気を叩く音。

 骨を削る音。

 骨を叩く音。



 どれほど戦っているか

 もうわからない

 俺は右手の手首から先が無い

 左手の指も二本飛ばされた

 奴も右手の肘から先はない

 だが、器用に左手でシミターを振るう

 お互いに、全身の至るところの骨が欠落し、欠け、削られていた


 しかし、戦いは無粋な形で終わる

 墓場に進入する「赤い奴ら」


 ・・・




 俺と「シミター使い」は兵士達の屍の間に立っていた。

 邪魔者は大人しくなり、僅かな充足感が包む。

「シミター使い」は戦い終わり、まるで何もなかったかのように拳を突き出してきた。

 その動きに、一瞬迷いを見せたが、それはただの確認のようにも見えた。

 彼の意図を完全には読み切れない。

 もう、お互いに戦う気はないようだ。

 俺はその拳に自らの拳を当てた。


 見れば、俺の拳が…黒いモヤに包まれている。

 俺は素早く自身の失った骨を集める。

 胸から黒いモヤが伸びていく。

 全身の骨が、カチッと繋がる感覚が心地よい。

 不思議そうに見つめるシミター使い。

 やれるか。少し不安だったが

「自分の骨を集めろ」

 そう思いながら、俺の右腕と彼の右腕を交互に指さす。


 彼は少し考え込んでいたようだが、骨を集めた彼の体に触れていると、彼の体の骨も繋がった。

 不思議そうに右手の開閉をしている。

 そして、俺の肩に手を回してきた。

 カタカタと口を開閉させている。

 笑っている。そう見えるコイツを見て、俺も嬉しかった。

 そんな気持ちも、墓地に吹く冷たい風がさらっていく。

 空を見上げるが、今夜は白い月と舞うコウモリしか見えなかった。

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