気配を消して俺は墓地の柵の外にいた。
エッジの暴れっぷりで、誰にも気付かれていないようだ。
魔法使いは太ももあたり、聖職者は肩口にナイフが深々と刺さっていた。
二人とも、少しだけ慌てたようにナイフを震えてる手で抜こうとしている。
先程のエッジの襲撃で奴らの距離は離れている。
聖職者に狙いを定めて地を這う動きで迫る。
一気に距離を詰め、懐に入り込む。
自身の回復に集中していたのか、口を開け驚愕している。
その表情に、その生気を宿した瞳に、全身の骨が燃え上がるような怒りが身を包む。
ダメだ。
すぐに殺すな。
俺はそう自身の肉体を律し、空いた口に鋭く揃えた指を差し込む。
喉を突き破りたいと訴える指を口内で止める。
親指と中指の二本の指で舌を掴む。
そして一気に引き抜く。
失敗だ
二本の指で掴んだ力が強すぎたのか、聖職者の舌は、蛇のように二つに分かれてしまった。
割れた舌が、一瞬だけ口外に出て見えたが、丸まって口内に吸い込まれた。
舌を引き抜いてみたかったのだが。
しかし、丸まった舌は喉を詰まらせて呼吸を阻害しているようだ。
回復魔法も詠唱が出来ないから唱えられないらしい。
カタカタ…
倒れそうになる女の髪を掴んで立たせ、振り返る。
やはり魔法使いは俺の背中に魔法を打ってきた。
迫る炎を、俺は髪を掴んでいる女を盾にして防いだ。
炎に包まれた女は絶叫の表情を浮かべいるが、声は相変わらず出ないようだ。
その向こうには、愕然とした表情の魔法使いの顔が見えた。
カタカタ…
俺の手も少し燃えているが、俺は燃え盛り、皮膚が溶け出し始めた女を魔法使いに投げつけた。
ノロマな魔法使いは間抜けにもかわさずに抱き止め、倒れた。
カタカタ
さっきから、何がカタカタとなっているのかと意識を向けると、俺の顎の骨がずっと動いている。
どうやら状況に歓喜して笑っているようだ。
魔法使いは聖職者を抱いたまま火柱の中にいた。
あいつ、燃えていないのか?
徐々に収まる赤い炎。
魔法使いの赤茶色の目、そして、焼けただれた顔で見開かれた聖職者の青い目。
二人とも十分に赤い…回復魔法か。
薄っすらと視界が黒くなる。
良いぞ、いいだろう
お前達の魔力が、その命が全て尽きるその時まで戦おう。
痛み、苦しみ、ジワジワと…
俺は間合いを取って立つ。
よろよろとしながらも、支えられ立ちあがった聖職者。
隣で支えている魔法使いの片手に魔法の揺らめきが見える。
「回復だ!回復をしろ」
声にならない声で叫ぶ。
魔法使いが手を握って突き出し、開いた瞬間に何かが飛来した。
俺はそれを片手で掴み、地面に叩きつけた。
土の固まりか。
そして俺の手は黒いモヤに包まれ、炎のように揺らめいていた。
そんなことはどうでもいい。
今は「楽しい」のだ。この戦いが。やつらを殺れるのが。
驚いている目の前の二人に向かい、俺は自身の胸を拳で叩いて再度言う。
「待っていてやるから回復をしろ」
それは骨の擦れる音と、歯が当たるだけの音でしかなかった。
しかし、聖職者から伸びる青い光が二人を包んでいる。
魔法使いも僅かだが、青い光を発している。
その色に、俺の体には燃え上がるような怒りがこみ上げてくる。
だが…
いいぞ
また苦しめられる
伸びていた青い光が収まる。
二人とも、僅かにやけどの後は残っているが元気そうだ。
さあ、殺ろう
俺は片手を突き出し、手のひらを上に向け手招きする。
かかってこい
打って来い
魔法を、浄化を
二人は何かを話し合い、同時に詠唱を始める。
そして何かが放たれる。
見える
躱せるし、弾けるし、掴むこともできるぞ。
赤、白、黄色と色とりどりの光弾が無数に迫る。
俺は避けずに二人に走る。
黒い手で弾き、躱し、掴みながら。
手の届く距離に魔法使いが届く。
最後に掴んだ光弾を押し付けた。
しびれたように痙攣し、膝をついた。
よだれを垂らしているその顔を掴み、振りかぶった足の膝をめり込ませる。
鼻の骨が折れ、顔面が陥没した感覚が膝に残る。
しまった、強かったか
大の字に倒れた魔法使いは動かない。
そう思いながらも振り返ると、両手を開いて俺にかざしている聖職者。
何かしてくると読んでいた俺も、同じような姿勢を取る。
向かい合い、両手を合わせているようだ。
聖職者の両手から、強い光が一瞬かっと光る。
だが、俺の両手の黒い揺らぎは、全てを吸い取ったようだ。
動かない聖職者の、開いたままの両手を、手押し相撲のように押す。
尻もちをついた聖職者の顔面目掛け、一歩踏み込み蹴り上げる。
つま先が口に当たったようで、何本かの白い歯が虚空を舞う。
飛び散る歯がきれいだな
見上げてそんな事を考えて、下に視線を向ける。
魔法使いも聖職者も、まだ赤い。生きてはいるが、動けないのか。
俺は仰向けに倒れている聖職者の片足を掴み、引きずって魔法使いの横に寝かせる。
早く意識を取り戻せ。そして回復しろ。
そして、また殺ろう
向こうでは金属の打ち合う音がする。
そちらに目をやると、エッジが大盾の上に乗り舞っていた。
何か、大盾が小さくなっているような気もしたが、エッジも楽しんでいるようで安心した。
足元で、うめき声がしたので、その顔を覗き込む。
今すぐ、その顔に拳を叩きこみたくなり、手が震える。
先に気が付いたのは聖職者のようだ。
急げ
魔法使いの赤い色は薄くなり始めている。
放っておけば死んでしまうぞ。
しかし
腫れ上がったひしゃげた顔で、片目しか開いていない聖職者は、俺の顔を見て「ひっ」と短い悲鳴をあげて動かない。
「何をしている。早く回復しろ」
口を開閉して伝えるが、後ずさりをするしぐさをするだけで、動いていない。
これは…そうか、心が折れたのか。
こんな時の為の信仰ではないのか!
頭が沸騰したような感覚に襲われた。
俺は無意識に魔法使いの頭を踏み砕いてしまっていた。
隣の聖職者の顔や服に、血やら皮膚やら脳が飛び散った。
聖職者は失禁して、また目を閉じてしまった。
俺は肩を落とした。
もっと戦い続け、苦渋を、苦難を味合わせたかったのに。
残念な気持ちと、これで聖職者を討てると思う感情が混ざるが、すぐに霧散する。
聖職者の頭も踏み砕く。
お前達は仲良しみたいだし、同じ頭の無い「死体」にしてやったぞ。
不思議と充足感に満たされた俺は、エッジの戦いを見守ることにした。