カールの指示に従い、我々三人は翌日の夜に屋敷を発った。
俺とエッジの前を歩くのはセミョン。
はじめ、カールはヌイグに案内をさせようと言い出したのだが、セミョンに止められてセミョンが自ら案内を買って出た。
あのヴァンパイアは何を考えているのか、わからない部分が多いな。
ヌイグを滅したいのか、成長させたいのか、別の意図があるのか。
月の光も届かない、暗い森を行く。
我々アンデッドに灯りなど不要だ。
人手の入っていない、下草の多い暗黒の森を、セミョンは音もなく歩く。
その後ろ姿は輪郭を失っているようにも見えた。
俺とエッジは黙ってついていく。
元々喋れないが、触れればセミョンとも会話をできた。
「転送陣までご案内します。私自身の案内はそこまでですが、何かあればすぐにおっしゃってください」
そう言われて出発した。
カールからは、誰のところに行けなどとは言われず
「黒い月が導いてくれる」
にやけた顔でそれしか教えてくれなかった。
しかし、カールは
「お前たちは知っているか?生者にはあの”黒い月”が見えない事を」
そんな事を笑いながらいっていた。
そう言われると、思い当たる節が多かった。
アンデッドにしか見えず、見ると気分がよくなる「黒い月」
それが黒く輝く時に、わざわざ墓地を訪れる生者たちに、思慮の浅さを感じていたが、そういう事なのか。
思考しながら歩いていたが、先頭のセミョンが後ろ手に制止を促して停止した。
「この先に何かが居ますね。獣のようですが、一応警戒しておきましょう」
そういって、再び歩き出した。
森に入り、フクロウや猿の鳴き声は聞こえていたが、俺たちが近づくと皆逃げ去っていた。
一瞬だけ赤く映る小さな存在たちには、俺たちがわかっているようだった。
仄かな血の匂いに誘われる。かすかに聞こえる短い息使い。
程なく、赤く映る獣らしい姿が、暗い森にくっきりと見えた。
赤い景色、赤い姿に一瞬にして沸き立つ怒り。
セミョンは俺に向かい、歩きながら声をかける。
「相手に敵意はないようですので、怒りを鎮められますか?」
俺は手を上げて「了承」の意志を伝える。
そして、赤い存在は狼だった。
狼は吠えもせず、地表に蹲っている。
無造作に近づくセミョンに警戒してうなったが、セミョンは手を伸ばした。
優しく頭を撫でると、狼はおとなしくなる。
情けない「くぅーん」と言う声で鳴く。
その足は、トラバサミと言われる罠に囚われていた。
踏んだ時に、その足を挟み捕獲する、地表に隠す狩猟道具。
セミョンはその挟み込んでいる金属を無造作に開く。
ギリギリと音をたてて抵抗する錆びついたトラバサミは、抵抗空しくバキリと音を立て開く。
「ご自分で歩けますか?」
挟まれて、出血している狼の足を摩りながら話しかけている。
赤い血を見て、イラつく精神を押さえつけて思考する。
「こいつは何をしているんだ?わからん」
立ち上がった狼は、一度セミョンに鼻先を擦り付けてから去った。
「お時間を取らせて申し訳ありません。参りましょう」
そして、何事もなく再度歩き出す。
「主も主で、何を考えているのかわからんが、従者もわからんな」
そんな事を考えながら、目的地に着いた。
森の奥にある遺跡。
そんな表現しか浮かばなかった。
何本かの石柱が、その名残を残している。
蔦が幾重にも巻きつき、半ばで折れている数本の石柱群。
その中央に、土に埋もれているが石畳が見える。
「この中央にお立ちください。日の出と共に転送が可能です」
日の出、その言葉でピンときた。
俺は回答は得られないと思いながらも、セミョンの肩に手を置いた。
「この転送陣と言うものは、太陽の力を利用していると考えてよいのか?」
「鋭いですね。私も詳しい原理などはわかりかねますが、ゾンビやスケルトンは無事転送できましたので、ご安心を」
ああ、カールの事だから、自身の眷属のヴァンパイアでも実験して失敗しているのだろう。その光景を、にやにやと見つめるカールの姿が浮かんだ。
しかし、カールの言う「黒い月が導く」とは一体どういう意味なのか?
木々の葉の覆われた頭上を見上げる。
かすかに見える星の瞬きしか見えない。
どこに転送されるのか、どちらに向かえばいいのか。
湧き出る疑問と同時に、僅かな不安も浮かび上がる。
しかし、不安はすぐに霧散した。
「何かこう…休日に旅行に行くようだな」
自らの内に浮かぶ思考に戸惑うが、楽しみになってきた。